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episode4. 癪香(1)

「今日はちょっと予定してたよりもハードにいくぜ」  その日、一之宮紫月(いちのみやしづき)はいつも以上に意気込んでいた。 「へぇ? 随分気合い入ってんじゃねえの。ハードっていうと具体的にはどんな?」  仲間内からの問い掛けに、羽織っていたガウンの袷をゆるめると、不敵な笑みと共にそれを開いて見せた。 「お前、それ……」 「マジかよ。いきなり?」  ガウンの下は全裸だった。 「下着も付けねえ気か?」  瞳をパチパチとさせながら唖然とする仲間たちを前に、紫月は今一度ニヤリと笑った。 「俺の役どころは『裏社会の組織を裏切った幹部』って設定だ。お前らは俺を追って来て拘束する組織の一員、要するに頭領(ドン)の手下だ。その後、俺はお前らに()られちまうってな話筋だが、今回は”やらせ”は一切無しにしてもらうぜ」 「ていうと?」  無論、大まかなそのストーリーなら誰もが承知だ。先日も同じシチュエーションで既に一度、撮影は済んでいるからだ。だが、今日はその動画版を撮るということで、より細密な打ち合わせの最終確認をしているというところだった。  先程から皆の中心となって熱心に動きの確認をしているのは、メインモデルを務める一之宮紫月という男だ。薄茶色のゆるやかなウェーブの掛かったミディアムショートの髪が端正な顔立ちに似合っていて、よくよく艶めかしい。彼はゲイアダルト誌で不動の人気を誇っている男だった。  今回、自身の三冊目となる単独写真集の発売に向けて、映像特典を付けることにしたのだ。今日はその動画の撮影日である。  この紫月の写真集は過去に二冊程発行されているが、そのどちらも大層な人気を博していた。紫月自身の色香やモデルとしての才能も勿論だが、単にエロショットだけを撮り下ろすというのでなく、ドラマ仕立てで魅せるという個性的な作りも人気の理由のひとつとなっていた。三冊目の今回も例に漏れず――というよりも、より一層ストーリー性に凝ったものにしようということになり、所属事務所の代表をはじめ、スタッフらの意気込みも相当なものだった。  そんなわけだから、当の紫月がやる気を見せるのも当然――といえばそうなのだが、表向きは気合いの入っているふうに映れども、実のところは少々”苛立っている”といった方が正しかった。無論、周囲にはそんな気配は一切見せないが、自身の中でくすぶるモヤモヤとした感情を消せずにいるのは確かだった。そんな気持ちを振り払うかのように、紫月は更に演技の手順を確認することに没頭していく。

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