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episode4. 癪香(6)

 その後、ダイニングを後にし、ホテルのロビーで氷川らと別れた紫月は、地下の駐車場へと向かっていた。  心なしか足取りも軽い。  先程の氷川の話を思い起こせば、存外楽しい心持ちになって、自然と頬がゆるむ。ついついニヤけながら歩いているのを自覚して、思わずこぼれる苦笑いも悪くない、などと思えてしまうのが不思議だった。 「あの新人カメラマンとのツーショねぇ……。ま、そういうのも有りかな」  彼と並んでポーズを決める自分の姿を想像しては、知らずの内に鼻歌交じりになっているのが何ともむず痒かった。 ――そんな気分を一転させたのはその直後のことだ。  ベルトに引っ掛けたキーチェーンから車の鍵を選び、ドアの開閉ボタンを押さんとした、正にその時だった。 「待ってくれよ、遼二!」  少し離れた――そう、太い柱にして二本ほど間を置いた辺りから聞こえたその叫び声に、思わずハッとなって身をひそめた。今の今まで話題にしていた”遼二”という男と同じ名前に反射的にビクリとし、つい隠れてしまったのだ。だが、気を取り直して声の方向をチラ見した瞬間に、驚きで目を見開いてしまった。  何と、そこには噂話に上がっていた当人である新人カメラマンの姿が目に入ったからだ。 (嘘……! 何であいつがここにいるんだよ……)  まさか同じホテルの地下駐車場で鉢合わせるなど、とんだ偶然だ。今しがたまでの打ち合わせには来なかったのと、向こうも連れがいるらしいことから考えて、今日は彼は別の仕事か、或いは休日だったのかも知れないと思えた。さすがにそこまで親しくもないので、声を掛けることまではためらわれたが、やはり少し気になって、こっそりと様子を窺った。その瞬間、紫月は目を疑う程に驚かされてしまった。  思わず『ヒッ』と引きつった声を上げてしまいそうになり、慌てて柱の陰に身を隠す。  夢か真か、連れの男が背中から抱き付くようにして”遼二”の腰に腕を回していたからだ。 「なぁ、遼二……頼む。抱いてよ」  会話の内容にも度肝を抜かされた――  抱き付かれているのは確かにこの前、氷川が連れていた新人のカメラマンだ。つい今しがた、氷川と中津川が”ウブで晩熟”だと言っていた彼と、彼に抱き付いている男が口にした台詞が、あまりにもちぐはぐ過ぎて、すぐには状況が呑み込めない程だった。しかもあろうことか、相手は”男”なのだ。

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