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episode4. 癪香(8)
そんな男にしがみ付かれて困惑顔の遼二の方も先日感じた印象のままの男前で、何とも奇妙な程に絵になっているのに焦燥感が湧き上がる。男同士が抱き合うという、まるで撮影所で見慣れているような光景が眼前で繰り広げられていることにも困惑させられる。しかもそれは、あの”晩熟”でドジな新米カメラマンなのだ。
「とにかく……送ってくから乗れよ」
ドアロックを外す音と共に遼二が男にそう促すのが聞こえたが、男の方は更に取っ散らかったようにして、ブンブンと左右に頭を振りながら、ついには泣き出してしまった。
「嫌だ! 帰らねえ……お前が『うん』て言うまでぜってー帰ら……ね……もん」
「バッカ……泣くヤツがあるかよ……」
「……っうるせーよ……お前が冷てえからだろ」
「ダダこねてんじゃねえよ……ったく、もう。顔上げて、ほら……涙拭けっての」
クイと男の顎を掴み、もう片方の手を男の頬に添えて、指先でそれを拭う――
なだめるような低い声と共に男を覗き込む遼二の仕草を目にした瞬間、そのあまりの色っぽさに、心臓を射抜かれたような衝撃が走った。
「遼二……なぁ、キスだけ……一回だけでいいから」
まだしつこくねだる男に、
「――できねえっつってんだろ」
今度はプイとそっぽを向くようにして拒絶した。すると男の方は今までの懇願するような態度を一変させて、若干の恨みまじりで彼を睨み上げた。
「何、お前――もしかして恋人でも……できたとか?」
「そんなもん、いねえよ……」
「じゃあ何? 好きな子でもいんの?」
その問いに、ふうと深い溜息をひとつ落とし、
「――ああ」
ぶっきらぼうに、だが僅かに頬を染めるような感じで返された短いそのひと言に、息が止まる程の衝撃を感じたのは、遼二の腕の中でダダをこねている男以上に自分の方かも知れない――というのを自覚して、紫月は目の前が真っ白になっていく気がしていた。
しばし呆然としてしまっていたのだろうか、彼らの乗ったろう車が駐車場から出て行く音で、やっと我に返ったことすら驚愕だった。
「何……あいつ。ウブで晩熟どころか……とんだマセガキじゃねえかよ……」
その後、どうやって家へ辿り着いたのかも分からない程に、紫月は今さっき目にした光景が頭から離れずに動揺していた。
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