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episode5. 誘惑(4)
「お前のコーナー、作ってもらえてねえの?」
「はい。あそこに載るのはもっとベテランの先輩方なんで……自分はまだまだです」
「へえ、そうなんだ。中津川さんのとか、割とよく更新してるからさ、俺もたまに見せてもらってるんだけど」
中津川は遼二ら若いカメラマンの良き先輩である。カメラの腕もいいし、事務所代表の氷川より年齢も上で、後輩の面倒見もいい尊敬できる人物だ。
「中津川さんは超ベテランですから。見習うところだらけです」
「ふぅん。けど、お前も撮ってんだろ? ギャラリーに載る載らないは関係無くしてさ」
「ええ、まぁ……休みの日とかに撮りに出掛けたりもしますけど」
そういえば、先日の打ち合わせの時に、氷川と中津川がそんなことを言っていたのを思い出す。遼二も見えないところで努力してがんばってるんだよなぁなどと話していたっけ。紫月は、この遼二がどんな写真を撮っているのか興味が湧いていた。
「見てみたいな、お前の写真――」
「――え?」
「自分のパソコンとかには保存してるんだろ?」
「ええ、それは勿論……」
「な、よかったらさ……お前の撮ったの、見せてよ」
そう言うと、遼二は驚いたようにして瞳を見開いた。
「俺の写真……見ていただけるんですか……?」
ほとほとびっくりしつつ、尚且つ意外も意外だというように、男前の整った瞳をパチクリとさせている。
自分の撮ったものに興味を持ってもらえるのは、例え相手が誰であれ嬉しいことだ。それが紫月ならば尚のことだ。何故なら――二人は心の内を表に出してこそいないが、互いに惹かれ合っているのは否定できない事実だ。
――が、どちらからも気持ちを打ち明ける気概がない。片や遼二は自身の師匠が請け負っているクライアントでもある紫月に対して、気軽に接するなど言語道断の気があり、また、紫月の方にしてみても、ゲイアダルト界でトップクラスの人気を誇るプライドが邪魔をしてか、そうは素直になれないというのが実のところだった。
だが、気持ち――とかく恋愛感情が絡む気持ちというのはそうそう上手くは思い通りになるものでない。接する機会が増える毎に、互いに対する恋慕の感情は大きさを増してしまう。
紫月が遼二に対して抱く気持ちが大きくなっていくのと同じように、遼二の方も日夜この紫月のことで頭がいっぱいになってしまっているのだった。
しばしの沈黙が二人を包み、と、そこへタイミング良く注文した料理が運ばれてきた。遼二は小皿にサラダを取り分ける気遣いをしながらも、素直な気持ちを口にした。
「紫月さんに写真を見てもらえるのは嬉しいです。今日はパソコン持って来てないんで――今度機会があったら是非――」
そう言い掛けた言葉を紫月は遮った。
「じゃあ、この後お前んちに寄っていい?」
「――え!?」
「いきなりじゃ迷惑か?」
器用にフォークでパスタをすくい取りながら、上目遣いでそう訊く。遼二にとって、そんな仕草は堪らなかったことだろう。
「……いえ、迷惑だなんて、とんでもないっす……。紫月さんがよろしければ――是非」
思わず言葉もうわずっている。だが、紫月の方はその綺麗な顔立ちを惜しげもなくクシャっと緩めると、とびきりの笑顔で嬉しそうに頷いた。
「ん、なら早く食って行こうぜ!」
◇ ◇ ◇
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