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episode5. 誘惑(5)

「なあ、お前の家ってどこら辺なの? さっき、ヒカちゃんがどうせ通り道だろうって言ってたけど」  レストランを出た車中で、紫月は遼二に向かってそう訊いた。そもそも氷川が『直帰していいから紫月を家まで乗せてってやれ』と言ったのは、二人の家が近いからということらしかった。紫月は遼二がどの辺りに住んでいるのかなど知らないし、遼二にしても(しか)りだ。先程氷川に言われて、初めて互いの住所が近いらしいことを知ったのである。 「紫月さんのところから地下鉄で三駅目です」  ナビを横目に、遼二がはにかみながら答える。 「マジかよ! じゃ、いつも俺んち通り越してヒカちゃんの事務所に通勤してたってこと?」 「そうみたいです。俺も驚きました。紫月さんのご自宅とこんなに近かったなんて……」  つまりは、氷川の事務所と遼二の自宅アパートメントの中間に紫月の家があるということになる。これまでは互いに興味のあれど、互いが何処に住んでいるのかなど知る由もなかったので、本当に驚いたといったところだった。 「すみません、俺ん家に来ていただくんで、一旦紫月さんのご自宅を通り越しちゃいますが、後できちんと責任持ってお送りしますんで……」  真摯な様子でそんなことを言う遼二に、紫月は何ともワクワクとした心地でいた。自分に目を向けられていることが素直に嬉しい。彼が自分のことを考えてくれているのを実感できる――こういった瞬間がたまらなく心を躍らせるのだった。  その後、程なくして車は遼二の住処へと到着した。三駅分といっても道路が比較的空いていればかなり近い。真夜中ならば十分と掛からないような距離感に、より一層胸が高鳴りそうだった。 「部屋、ここの三階なんですが、古い建物でエレベーターが無いんです。階段ですが――すみません」  遼二が少しすまなさそうにそんなことを言いながら先導する。時折気遣うように身体を斜めにして、振り返りながら階段を上る後ろ姿にも、自然と頬が緩むような心持ちだった。 ◇    ◇    ◇  部屋に入ると、遼二はすぐにパソコンを立ち上げた。撮り貯めた写真の保存してあるフォルダを開き、『どうぞご覧になってください』と言って、紫月に場所を譲る。彼自身は一緒に画面を見るのが気恥ずかしいのか、茶を淹れるといってダイニングへと向かってしまった。そんな後ろ姿を目で追いながら、紫月はワクワクと躍るような気持ちでいた。  初めて訪れた彼の部屋――偶然の成り行きとはいえ、嬉しいことは否定できない事実だ。すぐに写真を見たい気持ちを抑えて、先ずは部屋の中をぐるりと視線が追ってしまった。  窓から見る景色はなかなかに絶景だ。  遼二の住む部屋というのは都内を流れる有数の川沿いにあって、割合近くには大きな橋が見える。ここへ来るまでの車中で、遼二本人はアパートメントだと言っていたが、複合住宅ではないようだ。外観は少々レトロな感じのするごくありふれたビルといった感じで、一階部分が駐車場になっている三階建ての建物だった。

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