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episode5. 誘惑(6)
遼二の説明では、ここは彼の父親の持ち物とのことで、以前はその父親が仕事場として使用していたらしい。二階は当時のまま事務所になっているようだが、今は特に使っておらず、倉庫になっているとのことだった。遼二が現在住んでいるのは三階部分で、部屋の壁もコンクリートの打ちっ放しになっていた。特にだだっ広いわけでもなく、だが狭くもない。ワンフロアのスイートタイプの部屋は、なかなかに洒落ていて、男の一人暮らしにしては綺麗に整頓されているといった印象だ。紫月が今座っているローテーブルとソファが置かれたこのリビングで写真の整理などもしているふうだった。
チラリと視線をやれば、ダブルサイズを上回るだろうと思える大きめのベッドが一台――掛け布団は二つ折りにされていて、起きっ放しのぐちゃぐちゃではないが、きちんとベッドメイキングがなされているというふうではなく、枕元には彼のものだろうスウェットっぽい服が無造作に畳まれて置かれている。それらを目にした瞬間に、そこで寝ているのだろう姿が脳裏に浮かんで、そのリアルさに思わず頬が染まりそうになり、紫月はハッと我に返った。
(……ったく、ヘンな想像してんじゃねえよ、俺――)
別段、そのベッドの上で、もしも自分と彼がどうこうなったら――などと考えたわけではないが、何となくモワモワとした想像が浮かんでしまったのも否定できなくて、紫月は焦った。
そんなことよりも写真だ。彼の撮ったという作品を見せてもらいに来たわけだから、今はそれに集中すべきだ。数あるフォルダ名を確認しながら、マウスを片手に画面に目をやった。
海、空、街、木々、植物(花)、植物(葉)、夕陽、夜景――などと、撮ったものが細かく分けられている。
(へえ、結構たくさん撮ってんだな……)
少しドキドキとしながらも、紫月は端からフォルダを開いていった。
何枚か連写したものもあり、似たようなショットも多いが、氷川のサイトで見た中津川らの作品とはまた違った印象が新鮮だ。カメラマンを目指しているというだけあって、素人では思い付かないような美しい風景は確かに綺麗に撮れている。花などの写真も鮮明で、絞りやぼかしといった技術も色々と工夫して撮っているのだろうことが一目で分かる。紫月は次第にそれらに魅入りながら、その表情には無自覚の内にやわらかな笑みが浮かぶといった感じで、次々と写真をクリックしていった。――と、その中に珍しい題名の付けられたフォルダを見つけて、ハタと目をとめた。
フォルダの名前は”麗”となっている。
(麗――? 麗しい……ってことか?)
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