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episode6. 飛べない蝶(5)

 そうだったのか――。  理由を聞けば、今の紫月の生活とトップモデルとしてそれ相応に稼いでいそうなのに――という印象のちぐはぐさにも納得がいく。遼二は思ってもいなかった事情に驚くと同時に、我が事ではないというのに思い切り心が痛んでならなかった。心臓がジクジクとするようで、苦しくて堪らなくなる。と同時に――とてつもない愛おしさがこみ上げてならなかった。  それは今まで紫月に対して抱いていた好意や欲情を遥かに越えるような、深く重さをも伴ったような不思議な気持ちだった。ともすれば涙があふれてくるような、堪らない気持ちだ。欲情や恋情に任せて抱き締めるというよりは、持てる全ての愛情をもって抱き包んでしまいたい――そんな感情だった。 「――申し訳ありません。辛いこと言わせちまいました」  遼二は床の上で姿勢を正し、正座して頭を下げながらそう言った。 「バッカ。ンな改まることねえってよ」 「けど俺――! あの、紫月さん――」 「――ん?」 「あの……! 紫月さんは本当にすげえモデルだと思います。カッコいいし、色っぽいし、演技力もすげえし……! 俺、何度も紫月さんの写真集見ました。失礼な言い方かも知れませんけど……正直――何度ヤバい気持ちになったか分かりません! でも……それ以上にやっぱあなた、綺麗で……すげえ素敵で、憧れました」 「ンだよ、それってひょっとして――慰めてくれてんの? つか、お前ノンケだろ? ゲイアダルト見て欲情できんのかよ?」 「ノンケ……?」  そういえば以前に中津川からも聞いたことのある言葉だ。あの時も意味は分からなかったが、それ以上に紫月のどんな些細なことでもいいから知りたいと思う気持ちの方が強くて、その後も言葉の意味を調べることさえすっかり忘れていたのだ。 「ノンケ――つまりノーマル、恋人にすんなら女。ゲイじゃねえって意味」 「あ、ああ……」   なるほど、そういう意味なのか。確かにこれまでは男性相手に恋愛感情をもつなどとは考えたこともなかったのは確かだ。 「ま、けどそんなん言ってもらえると、世辞でもうれしいけどな」  紫月がクスクスと可笑しそうに笑う。 「いえ――違うんです! ノーマルとかゲイとか関係なく、ホントに綺麗だって思ったんです! 実際、間近で見てて演技にも圧倒されました。そんなすげえ紫月さんが特集企画を降ろされるだなんて有り得ねえって思って。ついこの前まではめちゃくちゃ輝いて、どんなに手を伸ばしても憧れても手が届かないような人だったあなたが……降ろされるなんて……。それってもしかしたら俺のせいなんじゃねえかって思いました」 「お前のせい? ……って、何でよ。急にどうした」 「この前……ッ、俺の家に来ていただいた時……俺があんなことしたせいで……紫月さんは――」  欲情しまくり、まるで強姦のように口付けて押し倒してしまったことで、あなたを傷付けてしまったのではないか――さすがにはっきりとはそのままを口にはできなかったが、遼二の表情からそんな思いを見てとったのだろうか。紫月はフッと穏やかに瞳をゆるめてはまた微笑った。 「ま、そうかな。半分はお前のせい――かもな?」 「――えッ!?」  自分で振っておいて驚くのもおかしな話だが、紫月がはっきりと『お前のせいだ』と告げたことで遼二は硬直、ひどく焦らされてしまったのは確かだった。

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