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episode6. 飛べない蝶(6)

「――すみません……ッ、ほんとに俺……あんなこと」  必死で頭を下げる遼二の手がテーブルの上でギュッと握り締められたまま震えていた。ブルブルと、ガクガクと、彼の気持ちを代弁するかのように震えていた。  その拳の上から包み込むように紫月は自らの手を重ねると、 「俺さ……あン時、お前にキスされて思ったんだ。お前以外の誰かに抱かれたり、()られたり――そういうのは……もう嫌だって思っちまった。例えそれが”演技”でも――な」 「――え!?」 「だから他のモデルとの絡みができなくなった。今までは平気だったエロい演技もできなくなった……。お前以外のヤツに触られんのが辛くなった――」 「……し……づきさん」 「だから半分はお前ンせい――ってな」  紫月はクスッと笑った。その笑顔が堪らなく愛しくて可愛らしくて、遼二は例えようもない気持ちに身体中が打ち震えるようだった。 「紫月さん……それって……」 「惚れちまった……ってことかな」  はにかみながらも正直に言ってくれた言葉に、しばしは返事もままならないくらい遼二は高揚させられてしまった。  うれしくて、信じられなくて、心が――身体が――震えてどうにもならない。だが、紫月にはそんな遼二の態度だけで彼の返事など聞かなくとも理解できたのだろう。それは先日の遼二の欲情やキスという行為を見ただけで明らかだったからだ。 「ホントはさ、自分から告るなんてあり得ねえって思ってた。今までの俺だったら考えらんね……。けどよ、ンなこと……もうどうでもいい。正直になんなきゃいけねえ時もあるっていうか、正直に言っちまいたくなったってか。そんだけイカれちまったみてえ……お前に」 「紫月さん……! あの、俺……!」 ――俺も同じ気持ちです。あなたが好きです!  あまりの感動で言葉に詰まる遼二の表情だけで、その気持ちは充分過ぎるほど伝わったようだ。 「――遼二」 「はい――」 「海、見たい。連れてってくれね?」  少し伏し目がちに、だが何とも言えずに穏やかな表情で紫月は言った。それは少し寂しそうでもあって、だがゆったりとした時間の流れの中で安堵しているふうでもあって、今までは華々しく見えていながら陰ではずっと張り詰めてきたのだろう気持ちが解放されたようにも映る。 「はい――。はい、もちろんです! 何処へでも――!」  遼二はしっかりとした口調でそう言い、うなずいた。 ◇    ◇    ◇

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