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episode8. お前だけのモデル(1)
ゲイアダルト誌のトップモデルだった一之宮紫月の引退特集の撮影日当日――、都内のレンタルスタジオでは朝から賑わいをみせていた。
紫月の所属事務所社長は、これまでの紫月の功績への恩返しと称して、設備の整ったスタジオを用意していた。撮影場所は勿論のこと、家具などの調度品の収拾もぬかりはなく、メイクルームにシャワー室まで完備された最新のスタジオだ。
先日の打ち合わせ通り、モデルはメインの紫月と、脇を固める麗と遼二。そして撮影は氷川と中津川の他に、氷川の事務所からも照明や雑用係としてもう二人ほどが参加していた。モデルたちのヘアメイクを担当するのは麗の息子である倫周だ。広々としたメイクルーム付きの控え室は朝から忙しなく、活気に満ちあふれていた。
麗が飛び入り参加した打ち合わせの後、段取りを詰める中で、結局は麗と遼二は顔出しをしない方向で参加ということに決まっていった。それが紫月のたっての希望だったからだ。
如何に麗と遼二の二人がモデルとしての出演を快諾したといっても、紫月にとってそれは悩み所であった。ファッション誌のモデルとしてアジア一の男前と言われた麗、そして幼少時にモデル体験があったというものの、現在はカメラマンを目指して修行中の遼二。二人がどう言おうが、紫月にはゲイアダルト界という特殊な環境下での撮影に彼らを付き合わせるのは、正直なところ気が進まなかった。だが、彼らの厚意を無碍にするのも、それはそれで申し訳ないとも思う。そんな紫月の意を汲んで、麗と遼二には人物を特定できない”身体だけ”の参加ということで落しどころと相成ったのだった。要は直には顔を出さずに、身体のみの絡みと、どうしても必要な箇所は紫月以外はシルエットだけで顔はぼかすという形で撮影することにしたわけだ。それならば麗と遼二の名前は表に出さずに済むし、彼らの厚意も無駄にせずに済む。そんな紫月の配慮を麗も遼二も有り難く受け入れたわけだった。
メイクルームでは、倫周が紫月のヘアメイクの最中だった。間仕切りの外からは氷川らがキビキビとセッティングをする様子が伝わってくる。
「ヘアスタイルはこんな感じでどうかな? 紫月君の役柄は裏組織を裏切った幹部って聞いてるからね。前回撮った写真集の撮影分も見せてもらったけど、今回は髪全体をゆるいオールバックふうに流して、マトリの彼を救いに行くっていう男気みたいなものを出したくてさ。前回よりはワイルドな雰囲気を目指してみたんだけど、どう?」
倫周がヘアを弄りながらにこやかに言う。
「はい、ありがとうございます。とてもいいです」
紫月も真摯に会釈で返した。
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