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episode8. お前だけのモデル(3)

「っていうより……紫月君は遼二君から麗ちゃんや僕との関係を聞いてないの?」 「ええ、まあ……。知り合いだとは聞いてますけど、詳しいことは何も。ただ、この撮影が済んだら話したいことがあるって言われてるので、今は……俺からあれこれ訊かない方がいいのかなと」 「そうだったんだ。なら……遼二君にも何か考えがあるのかも知れないね。僕は幼馴染みといっても、そうそうちょくちょく会ってたわけじゃないし、特に大人になってからは麗ちゃんの仕事にずっと付いて回ってるから、遼二君ともだいぶご無沙汰しちゃってるんだけどね。でも彼は不誠実な人じゃないからさ。信じて待ってあげてね」  倫周は穏やかに微笑んだ。 「はい。ありがとうございます」  紫月にも自然な笑みが浮かぶ。話している内に倫周の人となりが何となく掴めてきたのだろう、それは親近感のある笑顔だった。 「倫周さん、話しやすくて……。俺、どっちかっていったら人見知りなんで……その、助かります」  少し照れ臭そうに紫月は笑った。 「ありがとう。そう言ってもらえて僕も嬉しいよ。何てったって紫月君は遼二君の――」  大切な人だもん! そう言い掛けて、倫周はその言葉を笑顔にかえた。今はまだ、彼らが想い合っていることを知らないことにしておいた方がいいのだろうと思ったからだ。 「さあ、できた! 撮影、僕も楽しみに拝見させてもらうよ! がんばって!」 「はい――。俺の最後の仕事になりますんで精一杯やります。見ててください」 「うん! 応援してるから!」  今から始まる撮影は、紫月にとっても未知の領域となるだろう。現実に想いを寄せ合う遼二と演技として初の絡み、そして麗という謎めいた人物との共演もしかりだ。まるで新人の時のような胸の高鳴りを感じながらセットへと向かう。そんな中で、倫周のような心根のやさしい人物と穏やかな会話ができたことは、紫月にとって心落ち着けるひと時となったのだった。  撮影セットの中では麗が既に支度を終えて、今回の為に特別に設られた大きなソファにどかりと腰を下ろしていた。その脇にはヘアメイクを済ませた遼二が佇んでいる。  麗は裏組織のボスという役どころだけあってか、ダークでいながら一目で仕立ての良さそうだと分かるスーツを着込んでいた。なんと、これは撮影用に用意された衣装ではなく、彼の私物ということだ。そんなことからも彼がどれだけこの撮影に意欲を見せてくれているかが窺い知れるようだった。古き佳き銀幕スターさながらのシルクハットも実によく似合っている。先日、打ち合わせに乱入してきた時に見た彼よりも、凄みのある男臭い感じに仕上がっていた。  そして、遼二もまた普段見る彼とは別人のように大人っぽい雰囲気だ。麗のそれよりは地味目なものの、濃灰色のスレンダーなスーツが長身の彼に似合っていて、ルーズに後れ毛が垂れ下がるソフトリーゼントのヘアスタイルも艶めかしい。ストーリーのシチュエーションを意識してか、わざとネクタイを外された開け気味の胸元からは、男の色香が匂い立つようだ。恋人という欲目を抜きにしても、実に格好良いと思えるような出で立ちだった。  倫周という青年のヘアメイクの技術の高さを感じさせる。紫月はそんな周囲の気持ちを無駄にしないように、最後の撮影を精一杯演じようと、改めて心に刻んだのだった。

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