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episode7. 蜘蛛からの挑戦状(5)

「今回は紫月の引退特集ってことだからな。撮影は俺と中津川と遼二の三人で行おうと思う。紫月の卒業にふさわしい、いいものが撮れるよう精一杯やらせてもらうつもりだ」  そう言ったのは氷川だ。 「突然のことで皆さんにはご迷惑をお掛けしてしまって申し訳ないス」  真摯な態度で頭を下げたのは紫月だ。麗は案外きちんとしているヤツじゃないかとばかりに薄く口角を上げながら話の続きを待った。 「で、シチュエーションはどうしますか? 社長の方で何か案があるようでしたら……」  氷川の問いに社長らしき人物が少々困ったように口を開いた。 「実はちょっと問題が出ちまってな……。今回、紫月の三冊目の写真集で撮ってもらった”組織を裏切った幹部”っていう例の設定の延長でいこうと思っていたんだが……」  社長の話では、裏組織のメンバーたちに捕まって仕打ちを受けた後、ボス自らが登場して紫月を凌辱し仕置きを与えるという台本であったらしい。だが、肝心のボス役を演じるモデルの都合がつかなくなってしまったというのだ。 「紫月の相手を()る予定だったモデルは、タチ役の中でも人気のあるベテランなんだが……そいつがここ最近よく組むようになったネコ役のモデルがヤキモチ焼きでな。自分以外の奴とは組んで欲しくないってダダこねやがるのさ。ネコの方も割合人気が出てきてる旬のモデルでな。ヤツに機嫌を損ねられると周りのスタッフもやり難いらしい。正直どうしたもんかと思ってな」  もしもこの先、紫月がこれまで通りモデルを続けていくのならそんな我が侭には耳も貸さないところなのだが、これを最後に引退してしまうからには、社長にとってこの先も主力となりそうなそのネコ役のモデルの気持ちを尊重したいというところなのだろう。 「まあ、ボスの役は他のモデルに()らせてもいいにはいいんだが……。紫月の引退特集だ、できれば華のあるトップモデルと組んで、いい作品にしてやりてえじゃねえか」  なるほど、確かに悩ましい現実だ。他所の事務所から売れっ子のタチ役を引っ張ってくることも考えたが、面識のない相手では紫月もやりにくかろうと、その辺もまた頭を悩ます難儀な点だ。しかも今の紫月はスランプ状態で、特集企画を降板したばかりの身だ。新規の相方と組んだところでいい演技が期待できるとは思えない。社長にとってはまさに頭の痛いところなのだ。 「俺は……相方なしの単独ショットでもと思っているんですが」  紫月が申し訳なさそうに言う。氷川も中津川も「さて、どうしたものか」というふうに頭を抱え込んだ。――と、その時だ。 「だったらそのボスの役、俺が引き受けてやろうか?」  突如として話に割って入ってきたその声に、皆は一斉に後方を振り返った。そこにはニヤっと口角を上げた麗が得意満面の様子で佇んでいた。

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