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episode7. 蜘蛛からの挑戦状(6)
「あんた、いったい……」
誰だ――? というように、社長が眉根を寄せながらも驚き顔だ。氷川らも同様だった。唯一、遼二だけが焦ったようにして言葉を詰まらせる。
「……ッ!? 麗さん!?」
「え? 何だ、遼二の知り合いか?」
氷川がそう訊く。一方、遼二が『麗さん』と呼んだことで、紫月はハタと瞳を見開いた。サングラス越しで顔はよく分からないが、相当な美形だと思われるのは確かだ。間違いない――彼はいつかのホテルの地下駐車場で遼二に抱き付いていた男。そして、遼二が”麗”と名付けたフォトフォルダに保存している官能ショットのモデルをしていた男だと確信した。
「――失礼。突然に申し訳ない。盗み聞きするつもりではなかったのですが、声を掛ける前に皆さんの話が聞こえてきてしまったので――」
しれっとそんなことを言ってのけた麗を横目に、
(嘘ばっかり! しっかり盗み聞きしてたくせに――)
倫周が呆れ顔で苦笑いに顔を引きつらせていた。――が、そんなことをいっている場合でもないので、表情だけはとびきり明るく丁寧な印象を装いながら、
「お邪魔致します」
倫周も麗の後に続いてペコリと頭を下げる。
「いえ、こちらこそ――来客に気付かずに申し訳ありません。会議中だったもので」
何かご用ですか――と、氷川が立ち上がる。
「いや――いきなり押し掛けた我々がいけないんで。ちょっと近くに来たものですから立ち寄らせていただいた次第です」
「――はあ、そうでしたか。もしかして……遼二の知り合い……なのか?」
氷川が麗と遼二を交互に見やりながら瞳をパチパチとさせていた。
「ええ、はい……その人は、その……」
驚きが先立ってか、上手く言葉にならない遼二を置いておいて、麗が悪気のなく流暢に話し出す。
「申し遅れました。私は柊麗 といいます。おっしゃる通り、遼二の知り合いなのですが。それより……実は私もモデルをやっておりまして――」
そして連れの倫周の腕を引っ張りながら、
「これは私の――息子で、倫周 といいます。彼は私のヘアメイクを担当しています」
麗らの自己紹介を聞いて、紫月の所属事務所の社長が驚き顔で首を傾げる。
「はぁ……。あなたもモデルさんですか――」
そう言われれば納得の美形というか、威風堂々とした独特の雰囲気がモデルらしいといえばそうだ。どことなく紫月に相通じるような印象でもある。だが、社長にしてみれば長らく身を置いているゲイモデル界でも見掛けたことがないのが気になるわけか、未だに首を傾げながら麗のことをポカンと見つめていた。
「すみません、私もこの業界は長いんですが、お目に掛かるのは初めてですかな?」
ともかくはこちらも自己紹介を――と、社長が胸ポケットから名刺入れを取り出したその時だった。
「――! 柊って……もしかして……あのレイ・ヒイラギか!?」
突如、中津川がすっとんきょうな声を上げた。
「レイ・ヒイラギ? ……って、まさかあのファッションモデルのか!?」
氷川も続いて驚きに目を見張る。
そんな二人の様子に苦笑気味ながらも、麗がサングラスを外し、ペコリと軽く会釈をしてみせた。すると、
「うわ! やっぱり……! レイ・ヒイラギ、本物かよ……ッ!?」
中津川の驚きように、紫月と紫月の所属事務所の社長は唖然状態だ。
「中津川さん、この方をご存じで?」
社長が訊くと、
「や、ご存じってか……会ったことはないッスよ、勿論! けど、レイ・ヒイラギといえば……俺ら世代のバイブルってか、アジア一の男前と言われた超絶美形モデル……」
中津川が興奮のままに腰掛けていた椅子を倒す勢いで立ち上がった。
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