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episode8. お前だけのモデル(8)
その口付けを合図のようにして遼二の背筋にドクドクとした欲情が電流のように突き抜ける。逆らえないまま、本能のままに、気付けば紫月は遼二に押し倒されていた。
噛み付くようなキス、欲するままにシャツを引きちぎり首筋から鎖骨、胸飾り、そのまま腹までをも舐め回す。ボトムに手を掛け、荒々しくそれを引きずり下ろせば、ピッタリと紫月の華奢な肌を覆うボクサータイプの下着が視界をよぎって、むしゃぶりつくようにそこへと顔を埋めた。
もはや遼二には目の前の獲物を食らい尽くすことしか見えてはいない。誰もがそう思って成り行きに固唾を呑む。麗は想像通りの展開に下卑た笑みを浮かべて嬉しそうだ。麗の部下たちも黙って遠巻きに二人が傷つけ合う様を眺めているだけだった。
――と、その時だ。
遼二は突如として再び紫月を突き放すと、震える身体を引きずりながら部屋の調度品の上に置かれていた一つの花瓶に手を掛けて、それを床へと落として叩き割った。
「遼二……!?」
紫月はもとより、これには麗も部下たちも訝しげに眉根を寄せる。
「おい、マトリ! 貴様、どういうつもりだ……!」
麗が険しく言い放つ。
すると、もっと驚いたことに、なんと遼二はその割れた花瓶の切先を自らの腕に突き刺したのだ。
「何……ッ!?」
「遼二ーーー!」
麗と紫月が同時に叫んだ傍から、血飛沫が飛び散り、次第に血溜まりとなって床を紅に染め上げていった。
「遼二……! あんた、何を……ッ」
紫月が駆け寄ると、血に染まった腕を見つめながら遼二は言った。
「……これで……少しは正気を保って……いられるだろう……」
震える口元に薄い笑みを浮かべる。
「お前を傷付けるくれえなら……この方がよっぽどマシだ……」
痛みによって理性を失わずに済むという意味なのだろう。
「欲だけで……お前を犯したり……したくねえ。お前だけは……傷付けたくねえ……絶対に……。俺は……何があってもお前さんだけは……」
血濡れた掌を伸ばして、紫月の頬を撫でながら微笑んだ。顔面を蒼白にしながらも、全身を苦痛に苛まれながらも幸せそうに微笑んだ。
「遼……遼二……!」
紫月は無意識の内に、突き動かされるように自らのシャツを脱ぐと、涙に掠れる瞳を擦りながら嗚咽と共に彼の傷口を固く縛り上げた。そのまま彼を腕の中へと抱き締めると、誰に憚ることなく大粒の涙を流したのだった。
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