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episode8. お前だけのモデル(9)

「――ったく! 見せ付けやがる……。こっちは思いっきり興醒めだ」  麗は苦々しく言い放つと、腰掛けていたソファから立ち上がって二人の元へと歩を進めた。  床にうずくまりながら抱き合う様を見下ろし、小さな溜め息を漏らす――。 「――二度と俺の前にツラを見せるな。それでお前らへの制裁とする」  感情のない声で言い置いて、部下たちを伴いその場を後にしていった。  麗の登場シーンが済むと、その後ろ姿を見送りながら遼二はホッと小さく溜め息を落とした。ひとまずの山場を越えられたことへの安堵の溜め息だ。  モデル出演の参加が決まって以来、この撮影に入るまでの間、それほど時間が有り余っていたわけではなかった。限られた時間の中での慣れないモデル体験だ。当初は紫月の引退特集に少しでも役に立てるならばと、ほぼ勢いだけで出演を承諾したものの、やはりいい加減な作品にするわけにはいかない。打ち合わせ段階では、麗が『絡みシーンが不安だというなら、俺が懇切丁寧な実技指導をしてやるぜ』などと言い、その挑発に乗せられた紫月も遼二の出演を承諾するハメとなったのは記憶に新しいところだ。紫月としては濡れ場に関しては遼二と二人で作り上げる意向でいたものの、麗と遼二が演るボスとマトリのシーンも多かった為、今日の本番までの間に三人で集まり、各々ストーリーへの解釈から間合いの取り方など、かなり本格的に稽古を突き詰めてきたのだった。  そんな中、特に麗の指導は厳しいものだった。彼は若い頃からファッションモデルとして第一線で活躍してきた、いわばプロである。ストーリーを一枚の画面に切り取った時に、どうすれば目を引く印象的なショットに持っていけるのか、身のこなし方などを至極詳しく、それこそ懇切丁寧に叩き込んでよこしたわけだ。  当然、稽古を始めた頃はダメ出しの連続だった。紫月の演技に関しては特に意見もないようだったが、素人同然の遼二に対しては普段とは別人のように厳しかった。  台本通りにとりあえず立ち位置について演技を始めるものの、 『ダメだ、ダメ! まったくなっちゃいねえ! 論外だ、やり直し!』  その連続だった。 『先ずは何を置いても羞恥心を捨ててかかれ! 無難な演技をしようと思うな。難なくこなそうとか、恥ずかしいと思う気持ちがある内はダメだ!』  時には動きがなっていないと言ってピシャリと腕や腰などを叩かれもするし、表情の付け方に納得がいかなければ、顎先を掴まれて指が食い込むほどに揺さぶられもした。 『俺を知り合いだの昔からの馴染みだと思うな! 俺は今、お前がマトリとしてとっ捕まえようとしている裏組織のボスだぞ!? その俺に嵌められて、逆にとっ捕まって拘束されてる! この状況でてめえは何を考える!? 悔しいと思う気持ちか? それともてめえのふがいなさを情けなく思うか? 真剣に考えろ! その上で俺にお前の感じたままの感情をぶつけてこい!』  麗のあまりの真剣さに、時には身震いのする思いだった。

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