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episode8. お前だけのモデル(10)

 普段は高飛車でチャランポランな俺様のように見える男だった。気まぐれで、思うようにならなければすぐにプッと頬を膨らませて拗ねる、気位の高いシャム猫の如く性質だ。そんな彼を幼い頃からずっと見てきた遼二には、『いつまでも子供のようなところのある、よく言えば自分に素直な可愛い人だ』といった印象が強かった。御しにくいようでいて実は御しやすい、愛嬌のある男だと思ってきたのだ。  だが、今の麗は全く違う。演技に対して真剣そのもので、例え顔も名前も出さないゲイアダルト誌の脇役という立場であっても、一切の妥協を許さず全力で取り組む姿勢でいる。遼二はそんな麗に指導を受けながら、自らの師匠である氷川のことを思い出していた。  新進気鋭の人気写真家ともてはやされた氷川が、何故ゲイアダルト誌の撮影などという少々特殊な仕事を請け負っているのか、当初は不思議に思ったことがあった。だが、現場での氷川の取り組み方や撮った作品集を見る内に、そんなことを思った自分が恥ずかしいと思うようになっていったのだ。  氷川はいつでも真剣で、それが華やかなファッションショーの撮影であろうが、雑誌の片隅に載るようなごくごく小さい扱いの風景写真や雑貨小物の撮影であろうが、向き合う姿勢は変わらなかった。写真を撮るということに対しての根底の思いがしっかりと地についていて揺るがないのだ。  麗もまた同じだった。モデルとして、自分が中央に立ち、スポットライトを浴びる大きなステージだろうが、脇役として顔さえ出さない今回の出演でも、ひとつの作品や仕事に対して向き合う姿勢は変わらない。まさにプロなのだ。遼二はそんな麗や氷川の側に居られる自分が心底幸せだと思えたのだった。  それからは遼二の中で意識も日に日に変わっていった。マトリという役の男について考える日々が続いた。今の自分はカメラマンのアシスタントではなく、麻薬取締捜査官だ。そして、本来は相容れない間柄にある裏組織で幹部を張っている紫月という男を愛してしまうという苦悩を抱えている。そんなマトリとして、愛するただ一人の男をどう守るのか、一個人の力などでは到底抗い切れない巨大な裏組織によって嵌められ、仕事も地位も剥奪され、騙されて拘束される状況下でどう身の振りを考えたらいいのかなどを真剣に思い描いた。  ”演技”というフィルターを通せば、上手く演りたいとか人前で演じることに対する恥ずかしさだとかが拭いきれないのであれば、自分自身が本物のマトリになるしかない――遼二は自身の中のマトリという一人の男と向かい合うことに決めたのだった。

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