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episode8. お前だけのモデル(11)
そんな思いで挑んだ麗との絡みの場面が撮りを終えた今――、ここからは公私共に愛する紫月との濡れ場シーンに突入だ。とはいえ、今はやはり自分は”マトリの男”なのだから、その目線で紫月に対する想いをぶつけよう、遼二は今一度そう心に誓った。
思えば、初めて氷川に連れられてゲイアダルトの撮影現場に来た日のことが遠い昔のようだ。そこで出会った紫月の妖艶な演技に衝撃を受け、それが残像となって来る日も来る日も逃れられない欲情に翻弄されたことが鮮明に脳裏へと蘇る。
初めて出会ったあの日、目の前で男たちに陵辱されて悶える紫月は、今日の今この瞬間まで自身の心を鷲掴みにしてやまずにいる。彼に焦がれ、時には心中穏やかでいられないほどに欲し、憧れ、そして欲情させられた。彼が他のモデルと絡み合う写真集を見れば、嫉妬にかられて狂おしい想いに心乱された。
そんな紫月と愛を紡ぎ合う濡れ場のシーンが今まさに幕を上げようとしている。
あの頃、写真集の中で彼を腕に抱くモデルの男に取って代わりたいと何度願ったことだろう。今、その相手は自分なのだということが夢幻のように思えている。
遼二は渦巻く様々な思いを噛み締めながら、大きく深呼吸を入れると、次の瞬間にはマトリの男の顔に戻っていった。
セットとして用意された血痕が、床の上でゆっくりと流れながら形を変えていく。血だまりの上に照明のスポットが当てられる。
ボスの麗たちが立ち去った後、残された二人は静寂の中で互いの温もりを確かめ合うようにどちらからともなく指と指とを絡ませて、ホッと小さな溜め息を落とす。
「すまねえ、遼二……。俺のせいであんた、職まで失っちまった……」
「いや、いい――。そ……んなことより……」
遼二はガッと紫月の肩に手を掛けると、そのまま背中ごと引き寄せて、自らの腕の中へと抱き締めた。
「紫月――もし俺が無体なことをしようとしたら……構わずに俺を殴れ……」
「……! 遼……」
「――ッ、すまねえが限界だ。抱くぞ……!」
言うや否や、床へと紫月を押し倒した。
先程脱がし掛けた下着に手を掛け、ずりおろし、遼二は自らの猛った雄を紫月の同じものへと擦り付ける。両の手でガッシリと色白の尻を掴み上げ、腰を浮かせて両脚を押し広げて覆い被さった。
そう――そうだ、まさにこういったシーンだった。
かつて夢中でめくった写真集の中で、男に乱され淫らに堕ちていく紫月のショットにどれほど興奮させられたことだろう。
幾度自慰を繰り返し、解放しても解放しても止め処なく昇りくる欲情に翻弄されたあの頃の自分が重なる。
そんな想いを胸に抱きながら、遼二は目の前の紫月を貪る演技に没頭していった。
薬に翻弄された遼二の雄からは既に先走りの蜜があふれ出ていて、彼の下着はしとど濡れていた。前戯の余裕など当にない。いきなり押し挿れると同時にキュッと眉をしかめた。
「……ッああ……くっ……」
”演技”という上に於いて、実際には催淫剤を盛られているわけではない。だが、遼二にとって紫月に出会った頃のことを思い返せば、それこそが強烈な媚薬のように自身を欲情させる。漏れ出す嬌声も、もはや演技と現実が交叉する狭間だ。それはまがいもない事実だった。
「辛……えか? けど、我慢して……くれ……!」
(こんな時に邪なことを考えてちゃいけねえと分かっていながら……堪らなく気持ちがいい――。このまま本当に……挿れちまいてえくらい……なんだ――!)
「……ああッ……はっ……クッ……」
自らの雄を紫月に擦り付ける度に怒張が大きさを増す。腰を揺らす度に堪えきれない先走りが下着を濡らしていく。周囲にスタッフがいようが、師匠の氷川や中津川がどう思おうが、いっそ本当に下着を脱いで直に擦り合わせたくなるくらいに遼二は欲情にまみれていった。
「遼……ッ……りょ……!」
グリグリと押し付けられるそれは無体といえなくもない。だが、役中の紫月にとってはそんな逸った抱かれ方さえ愛しいと思えるものだった。無論、紫月にとってもまた、今この瞬間は演技と現実を越えた甘く狂おしい陶酔の世界へと導かれるものだったのかも知れない。
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