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episode8. お前だけのモデル(14)
「な、遼二――俺さ」
「――? はい」
「ゲイモで稼いだ貯金が少しあるし、しばらくは生活に困るってわけじゃねえけど――。ちょっと休んでリフレッシュしたら次の仕事探そうと思ってる。つっても、まだどんな職種とか具体的なことは丸っきしだけども。これからゆっくり考えようかなって」
紫月は遼二を見上げながら続けた。
「だからさ……お前さえ良かったら……その、これからも……」
お前の傍にいていいか――?
小声で、僅かに頬を染めながらそう呟いた。
「紫月――!」
遼二は堪らないといったように、言葉に代えて腕の中の身体を抱き締めた。もう今までのように『さん』付けさえも飛んでしまうくらいに感激した気持ちのままに、強く強く抱き締めた。
「勿論です……! 俺の方こそ……その、そんなふうに言っていただけて……」
「……いいのか? こんな俺で……」
モゾモゾと腕の中で頬を染める。その頬の熱が脈打つ遼二の心臓音の上にぴったりと重なる。
「言ったでしょう、ずっと一緒に居たいって。俺は――もうあなたを放しません――!」
「遼二……」
「大好き……です! 紫月さん」
「ん、さんきゅ。俺も……おんなし」
「ね、紫月さん」
「ん……?」
「その――これからの仕事のことなんですが……」
「ん? 仕事って、俺の? それともお前の?」
「紫月さんのです。今日の撮影が済んだら言おうと思っていました。紫月さん、モデルになりませんか?」
その言葉に、紫月はハタと瞳を見開いた。
「モデ……ル?」
まさか、辞めたばかりのゲイモデルに復帰しろという意味なのだろうか――紫月はわずか戸惑ったように遼二を見上げた。
「実は――麗さんからも紫月さんに打診してくれないかと言われているんですが。あの人、自分の後を継いでくれる若手のモデルを探しているんです」
「後を継ぐって……レイ・ヒイラギさんはモデルを引退しちまう……とか?」
「いえ、そういうわけではないんですが。麗さんて若く見えますが実際は結構いい歳なんです。勿論今後も壮年としてのモデルは続けていくようですが、もっと若年層のモデルを必要としてまして」
「……若年層が必要って、レイ・ヒイラギさんの所属事務所が……ってことか?」
「ええ、まあ。実は……俺の親父、モデル事務所を経営しているんです。レイ・ヒイラギをモデルとして育てたのも父です」
「ふぅん、そうなんだ。――ッ!? ……って、ええっ!?」
「今まで黙っていてすみません。もちろん、紫月さんがよければ……なんですが、ファッションモデルとして父の事務所に所属していただけたらと――」
「お……れが? ファッションモデル……」
「紫月さんならすげえモデルになれると思います! 返事は――今すぐでなくて構いません。もし、お嫌でなければ考えていただけませんか?」
あまりの驚きに、紫月はしばしポカンと口を開けたまま、唖然としたように遼二を見つめてしまった。
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