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episode8. お前だけのモデル(15)

「モデル事務所って……お前の親父さんが……?」 「ええ――。ただ規模はものすごく小さいです。肝心のモデルも麗さんたった一人ですし、世間一般的にイメージされるような大きな事務所では全然ないんですが……」  紫月を腕枕の中に抱きながら、遼二は麗と父親が出会ったきっかけから今日までのことをザッと話して聞かせた。 「俺の親父は鐘崎僚一(かねさき りょういち)といって、元々は美容師だったんです。かれこれ四半世紀近く前の話です。当時、親父は、とあるヘアメイクのコンテストに出場する為にカットモデルを探していたんだそうです」  まだ若手の域だった遼二の父親には、コンテストの舞台上で髪を切らしてくれるようなモデルの知り合いもおらず、出場自体を諦めなければならないかと迷っていた時期だったそうだ。私生活の上では、結婚もしていてちょうど遼二が生まれたばかりの頃だったらしい。  僚一の妻というのは服飾デザイナーを目指している女性だった。とあるファッション誌の企画がきっかけで二人は知り合い、惹かれ合い結婚した。出産後も彼女はデザイナーになるという夢に向かって共働きの生活を送っていたのだが、ある時、彼女にイタリア行きの話が持ち上がった。ファッションの本場で本格的に夢を追い掛けてみたいという彼女の強い思いを受けて、二人は離婚を決意した。互いのことが嫌いになって別れるわけではなかったが、単身でイタリアに向かう彼女の将来を思って、息子の遼二は僚一が引き取って育てることにしたという。  生活は決して楽ではなかった。男手ひとつで赤子の遼二を育てながらの日々だ。職場と保育園を行き来する日常の中、コンテストへの出場などやはり望むべきではない夢か――そう思い、諦め掛けてもいた――僚一が麗と出会ったのはちょうどそんな時だったそうだ。  ある日の閉店間際、他の予約客は全て終了していたその日。店には後片付けの為に僚一が一人で残っていた時だ。ふらりと立ち寄った新規の客が麗だった。  彼の髪は伸びきっていて、肩につくほどの長さだった。就職の面接の為に小綺麗にしたいので、形など何でもいいから短く切ってくれとそんなリクエストをしてよこした麗に、僚一は一目でインスピレーションを感じたという。  麗は格好こそ野暮ったくて、身なりにはまるで無頓着といふうだったが、至近距離でよくよく見れば群を抜く見目の良い顔立ちをしていた。気が付いた時には、その場で麗にカットモデルになって欲しいと願い出ていたのだそうだ。  その頃の麗はまだ大学生だったが、付き合っていた彼女との間に子供ができたことを機に大学を辞める決心をし、職探しに奔走していたらしい。とりあえずはアルバイトで食いつなぎ、入籍も済ませたのだが、出産を終えるとすぐに彼女は他所に男を作ってしまった。入籍後わずか半年足らずで離婚に追い込まれた麗は、生まれたばかりの赤子を引き取り育てることになったというのだ。職に就く為に伸ばしっ放しだった髪を切ろうと、半ば行きずりで入ったのが僚一の勤めていた店だった。  カットモデルになって欲しいという僚一の申し出に、麗は無料で切ってもらえるならと快くそれを引き受けた。互いに妻と離縁したばかりの上、同い年くらいの赤子もいるということで、それ以来二人は急速に親しくなっていったらしい。  初めて出場したコンテストでは上位入賞することができ、麗の方も無事に就職が決まったものの、互いに赤子を育てながらの生活は想像以上に過酷なものだ。そんな中で僚一と麗は共に生活をするようになっていったということだった。

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