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episode8. お前だけのモデル(20)
「な、言ったろ? なかなかの男前だろうが」
麗は絹糸のようなやわらかな髪を僚一の肩へともたれ掛けながら得意げだ。
「ああ、お前さんと遼二の見る目は確かというわけだな」
僚一も嬉しそうにうなずいた。
「あの……! この度はたいへん有り難いお話をいただいて……その……」
紫月がそう言って頭を下げると、遼二の父親は穏やかに微笑った。
「モデルの件、引き受けてくれるそうだな。うちは見ての通りの零細だが、仕事はクオリティのあるものを吟味しているつもりだ。小さなことでもじっくり話し合って、いい作品に出演してもらえるようにするんでよろしく頼むよ」
「あ……はい! ありがとうございます。ですが……その、本当に俺なんかでよろしいんでしょうか? 俺は今までゲイアダルトの仕事をしてきたもので……」
「ああ、聞いているよ。キミの作品も見せてもらった。とても素晴らしい感性をお持ちだと思う」
「あ……りがとうございます」
「遼二からも聞いているだろうが、キミがこれまでの仕事のことについて気に病む必要は全くないから安心して欲しい。それと、今後キミや麗の撮影をしてもらう写真家だが、顔馴染みの方がやり易かろうと思って氷川氏に依頼することにしたぜ」
僚一がそう説明したちょうどその時だった。
「失礼します」
現れたのは今まさに話に出たばかりの氷川だった。側には中津川も一緒だ。
「ヒカちゃん! 中津川さんも!」
驚く紫月の横で、麗がニッと口角を上げながら頼もしげに笑ってみせた。
「俺もさぁ、この前氷川氏に撮ってもらって、彼の腕に惚れちまってな。どうせならこれからの仕事を彼らと組んでやっていけたらって思ったんだよ」
「麗が是非にと言うんで氷川さんにご無理を申し上げたというわけだが、有り難いことにご快諾いただけた」
僚一も嬉しそうにうなずけば、
「こちらこそ光栄なお話をいただいて――恐縮です」
氷川もそう言って頭を下げる。
「しかし驚きました。遼二の親父さんがまさかこのような事務所を開いていらしたとは」
「だよな。遼二ったら今日までこのかた、そんなこと一言も言わねえんですから」
氷川も中津川もほとほと驚き顔だ。
「紫月とは馴染みですし、レイ・ヒイラギさんとも先日の撮影で素晴らしい演技に触れさせていただきました。私共もより一層いいモンが撮れるようにがんばりますんで、どうぞよろしくお願い致します」
氷川は僚一と麗に向かって今一度丁寧に頭を下げると、そのまま遼二と紫月の二人に向き直ってから付け加えた。
「紫月も今までとは毛色の違う仕事だろうが、お前さんならすぐにも慣れるだろうからな。今まで以上によろしく頼むぜ!」
「ええ。俺もヒカちゃんたちに撮ってもらえるなんて、すげえ心強いっす!」
「ん――。それから遼二もな。これからはアシスタントとしては勿論だが――いずれはお前がメインで撮影できるようにがんばってもらわねえと!」
「はい! いい師匠と先輩の下で俺は本当に幸せモンです! これからも精一杯精進する所存ですんで、どうぞよろしくご指導ください!」
「おう、了解だぜ! 俺の方こそ末永くよろしくな!」
氷川と遼二、紫月が気合いを見せる傍らで、僚一に麗、倫周、そして中津川もうれしそうに微笑んだ。そんな一同を秋のやわらかな日射しがやさしく包み込んだのだった。
◇ ◇ ◇
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