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第13話
それは何でもないとある昼下がりのことだった。
「や、やだ! やめろって!」
人の来ない倉庫の中に連れ込まれて、大きな手のひらで地べたに押しつけられた。暴れても暴れても逃げることはできなくて、かわりに大人しくなるまで何度も殴られる。痛みと恐怖に何も考えられなくなって、いやだ、やめてと泣きながら、その苦痛が過ぎ去るのを待つしかなかった。
荒い呼吸、不愉快な熱、流れ落ちる体液、押さえ込まれる身体の痛み、苦しみ、悔しさ、憎しみ。通りすがった者が、助けるでもなく見ぬふりをして何処かへ行った。絶望だけが満ちて、全てを諦めるより他なかった。
「恨むなら」
耳元で、低い声が囁く。
「お前を置いて行った奴らを恨むんだな」
それは呪いのように心まで蝕んで響いた。まだ身も心も幼かった彼は、記憶の片隅にしかない彼らを、確かに、恨んだ。どうして自分を置いて行ったのか。どうして死んでしまったのか。こんな、一文の金にもならない、古臭いペンダントと、こんな、辛いことばかり増える容姿だけ残して。
それでも、それでも。
それでも、そのペンダントを、握りしめ、手放すことができなかった。
「ユウ、ユウ……」
「ーーっ」
体を揺さぶられて目が覚めた。起こしてくれた相手も見ずに、飛び退いたがすぐに壁にぶつかってしまう。ここは何処だ、と混乱した頭で考えたが、すぐに状況は思い出せた。暗い室内、その闇に溶け込んでいきそうなシャンティが、心配そうにこちらを見つめている。
「随分うなされていました。大丈夫ですか……?」
この男。この男は、先祖と子孫を守ると約束していた。当然俺のことも。なのに、約束は守られなかった。
そうだ、この男が、約束を守っていたら。あんな思いをせずに済んだかもしれない。
『恨むなら、お前を置いていった奴らを恨むんだな』
その言葉が頭の奥から響いてくる。そうだ。俺にはこいつを恨む権利が有る。
そう思った次の瞬間には、彼をベッドに引き摺り込んでいた。
ユウ、と名前を呼ばれている気がする。頭の中がぐちゃぐちゃになるような感覚がして、気持ち悪い。目の前が赤黒くて、ただ、ただ、同じ言葉ばかりが響き渡る。
こいつのせいだ。
こいつが俺のそばにいなかったから、俺を守ってくれなかったから。俺はあんな目にあった。だから、同じ目に合わせてやる。
体をベッドにうつ伏せに押し付け、もがく体から衣服を剥ぐ。簡素な部屋着を床に投げ捨て、その肌を弄った。その間も名を呼ばれていた気がする。
呼吸が酷く荒い。何度も繰り返す言葉を、知らぬ間に口に出していた。
お前のせいだ、同じ目に合わせてやる、お前のせいで俺はあんな目にあった、死んだほうがマシだった。
思い出すと吐き気がする。おぞましい拷問のような記憶が身も心も蝕んでいくように思えた。こいつにも同じ地獄を味合わせてやる、と、そう考えて、それでユウは動きを止めた。
俺が? 俺があんな酷いことを、こいつにするのか?
そしてユウはようやっと正気に戻った。ハッとシャンティの体から手を離した。心臓が早鐘を打っている。思わず胸を、顔を押さえて、ぎゅっと縮こまるように壁際まで逃げる。
「俺、俺、どうして」
こんなのは、こんなのは違う。違うんだ。ユウは繰り返して、首を振る。こんなのは、俺の本心じゃない。
確かにシャンティが約束を守っていたら、ユウの人生は違っていたかもしれない。それでも戦火に焼かれた村で健やかに過ごせたかどうか、この不思議なエルフに守られたからといって幸せだったか。シャンティを恨むのは筋違いだ。悪いのはどう足掻いても、幼気な少年に非道を行った者であって、他を憎んでも仕方がない。
仕方がない、仕方がないのに。
「なんで、どうなって、俺、俺……っ」
胸が苦しい。涙が溢れてきた。シャンティが憎くて、その体に苦しみをぶつけたくて仕方ない。ボロボロになるまでかき抱いて、犯しつくしてやりたい。こんな感情は、眠るまでは全く抱いていなかった筈だ。なのに今は、耐えがたい衝動が胸を、体を蝕んでいる。
「……ユウ」
名を呼ばれて、顔を押さえたまま視線だけ向けると、半裸に服を乱されたままのシャンティがこちらを見ている。暗い室内に薄っすらと、彼の姿が浮かび上がって、それを汚したいという情動にユウはまた体を縮こまらせた。
「シャンティ、おれ、おれなんか、変なんだ……ッ。そばに、来ないでくれ……っ」
シャンティに酷いことしたいなんて、思ってない。お前のせいだなんて考えてない。ないのに、こんなの違うんだ、なのに、なのにおかしい、あんたのこと傷付けたくて仕方ない。
だから、逃げてほしい。ユウはそう泣きそうになりながら訴えたのに、シャンティは構わず「ユウ」と優しく名を呼んで、近寄ってくる。
「だめ、だめなんだよ、シャンティ、おれ、おれアンタに酷いことしちゃう……っ」
だから来ないで、逃げてくれよ。そう言うのに、そんなユウをシャンティはぎゅっと、優しく抱きしめてくる。その温もりが心地よいのに、それを引き倒して犯したい。壊したい。訳が分からなくて、狂ってしまいそうだ。
「ごめんなさい、ユウ」
何故だかシャンティが謝ってくる。謝りたいのはこちらのほうだ。ユウは衝動に抗って、シャンティの抱擁から逃れようとしたが、シャンティの優しい手はユウを離さない。
「ユウ、それは確かに貴方の本心ではないかもしれない、でも、貴方が心の片隅に置いている、確かな気持ちです」
だから、否定しなくていいんです。耐えなくてもいいんです。さあ、私なら大丈夫。全部私のせいなのですから、身を任せて。……貴方のしたいように、貴方の心のままに。
シャンティの言葉に、ユウは「ちがう」とまた溢したのに、もう何がどう違うのか、自分でもわからなくなっていた。自分は逃げろと言った。なのに、こうしているほうが悪いんだ。悪魔のような囁きを最後に聞いた気がする。
そしてユウは、獣のようにシャンティに襲いかかった。
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