5 / 22

第5話

土曜日、史は昼少し前に目が覚めた。今日は休み。札幌支社は週休二日制だ。 身体が重い。昨晩の白崎のこともある。が、それよりも気になることがひとつ。 毎日欠かさず来ていた、柾からの電話が来なかった。 (確か、今週末には帰ってこられるって言ってたはず…) 史は携帯の着信履歴をチェックした。昨日の朝から今まで、橋口 柾の表示はない。ため息をついた自分に気づいて、史は勢いよく椅子から立ち上がった。 洗濯機に靴下やTシャツを放り投げ、スイッチを押す。窓を開けて、掃除機をかけて、キッチンの洗い物も片づけた。 コーヒーを淹れて、テレビの前に座って、もう一度携帯を手にとったところで史は我に帰った。 「何してんだ、俺…」 柾からの連絡が途切れなかった間は、何も思わなかった。たった一日来ないだけで、急に寂しさが募る。いい歳をした男が、と史は呟いた。 広めのワンルーム、史一人で十分な大きさだ。これに柾が日常的に居ると仮定すれば、かなり窮屈だ。そのうちに柾だって、自分の部屋を借りなければならなくなる。お互い一人で居たいときだってある。 なのに史は今、隣に柾がいないことに耐えられなかった。 史には10年ほど前、気が狂うほど愛した男がいた。一時も離れたくなくて、執着して、でも離れることを史自身が決めた男。 柾に対してはどうなのか。 まだお互いの気持ちを確認しただけで、一緒に過ごすようになってからは日も浅い。 確かなのは、柾といると安らげること。穏やかな気持ちで過ごせること。 はやく帰ってこいと、心の中で自分の声がする。 こんな状態で、これからやっていけるのかと、またため息が出る。 ピンポーン、と初めて聞くインターホンの音。 この家に入居して最初の来客だった。重たい腰を持ち上げて、史はドアに向かった。 「はい……っうわっ…!」 ドアを開けた瞬間、誰かがすごい勢いで入ってきて、史は力一杯抱きしめられた。 あまりの苦しさに強盗かと思った矢先、覚えのある優しい香りが史の鼻腔をくすぐった。 「ただいま、史さん」 耳元で聞こえた柾の声に、緊張していた史の身体から力が抜けていく。苦しかっただけの抱擁が、愛おしいものになっていく。 史は柾の身体を押し返した。目の前に、主人を前にした大型犬のような表情をした柾の顔があった。 「遅い…」 史は無意識にそう言って、柾の顔を両手で挟んだ。片手を頭の後ろに添えて、史は柾に唇を重ねた。史が自分からキスするのは、これが二回目。 柾は目を見開いて、史の顔を見つめていたが、抱きしめる腕にさらに力を込めた。 「ちかしさん」 唇が離れた隙に柾が呼ぶ。すぐにまた吸い寄せられるようにキスをする。 「史さん、会いたかった」 唇がぶつかる距離で言って、柾はついばむようなキスを繰り返す。 「史さんは…?寂しかったですか」 情けない声で柾が聞いて、史が答える前にまたキスで埋める。 史はもう一度柾の身体を押し返して、言った。 「喋るかキスするか、どっちかにしてくれ…」 柾はへへ、と笑って、転がるように史の部屋に入った。 片手に大きな紙袋、背中にリュックを背負った柾を改めて見た史は、ぽかんと口を開けた。 「何だその荷物…」 「あ、これ、あの…」 柾がごそごそと取り出したのは、枕。 「えっと…あったほうがいいかなと思って…すみません」 照れながら柾は枕をぽんぽんと叩いた。史は、連絡が来なくてもやもやしていたことなどすっかり忘れて吹き出した。 「送ればいいのに、わざわざ持ってきたのか」 「服とかは送ったんですけど…これ、すぐ使いません?」 柾の言葉の意味に気づいて史が赤面したのと同時に、柾は座ったまま史を抱き寄せた。離せ、ともがく史に、柾は声をひそめて尋ねた。 「…史さんに…触りたい」 「……今?」 「いま」 「……触るだけ、なら」 「……努力します」 言いながら柾の手が史のセーターの下に潜り込む。外気の寒さが残るひんやりした指先が、史の肌の上を優しく伝う。 柾は史の瞼に唇を寄せた。少しずつ服をめくり上げ、史の胸を露わにさせると、柾は史の乳首を口に含んだ。 「んっ…」 「史さん……好き…」 「触る…だけじゃ…ないのかっ…」 「触ってます……舌で」 「……っん…」 柾の手が史のウエストをまさぐる。肌と布の隙間に柾の指が入り込んで、史は焦ってその手を止めた。 「だめですか…?」 「……積極的だな。今着いたばかりなのに」 「だって…」 史に触れた手を引っ込めて、柾はうつむいた。顔を上げると、真剣な顔で訴えた。 「やっと、ずっと好きだった人と一緒に居られることになったんです…我慢しろって言われても…無理です」 柾はそう言い終わるが早いか、史にキスをしてそのまま押し倒した。 「東京に呼び戻されて…史さんに会えない間…マジで地獄でした」 泣き出しそうな柾の顔に、史の両手が伸びる。ぐっと掴むと、史は言った。 「……昨日、電話来なかったけど?」 「あ……昨日は、友達が送別会をしてくれて…………え?」 柾は、自分の顔に添えられた史の両手を取った。柾の瞬きの回数が急激に増える。 「史さん……俺の電話、待っててくれたんですか…?」 両手を柾に握られたまま、史はぷいと顔を背けた。その恥ずかしそうな表情に、柾はがばっと史の上に覆い被さった。 「うぁっ……っこら、急に……」 「ちかしさんっ、もう無理!………っ抱きたいっ」 柾と史の目が合った。 少し間があって、史がつぶやいた。 「…………る、から、……」 史が小声でぼそっとつぶやいた言葉に、柾はぴたりと動きを止めて、飛び起きた。 「は…はいっ!」 柾はその場に正座した。その様子がまさに大型犬が「おすわり」をさせられているようで、史はまた吹き出した。 「おすわり」の体制で見上げてくる柾の髪をくしゃくしゃにして、史は微笑んだ。 「……待ってて」 ばたんと閉まったバスルームのドアの音を聞いて、柾はその場に倒れ込んだ。 「やば……」 「……史さん……」 湯上がりの火照った史を抱きしめて、柾はそのまましばらく動かなかった。石鹸の匂いに混じる、史の独特の甘い体臭。普段ほとんど感じ取れない香りが、今は花咲くように柾に向かって匂い立つ。 恋人として初めて肌を合わせることに、柾はひどく緊張していた。 偶然が重なって、先に身体の関係を持った史が、柾だけのものになって今、目の前にいる。ただ思いのままに突っ走った時とは違う、心臓の高鳴り。 唇を合わせて舌を滑り込ませると、素直に史の舌が応える。絡み合う唾液の音に柾の心臓がさらに拍動する。 柾は緊張を隠すように史の背中に手を回し、バスタオルの上から腰を抱いた。ひきしまったカーブをなぞると、史の身体が小さく揺れた。 もつれるようにベッドに倒れ込み、柾は長袖のTシャツとニットのカーディガンをひとまとめに脱いだ。 唇を合わせながら、史のバスタオルを剥がす。胸から腹に手を滑らせると、史が吐息を漏らした。 「……ふ……ぁ…」 眉根を寄せた表情は、嫌がっているわけではない。そうわかっていても、柾は慎重になった。首筋に口づけると、史の唇が薄く開く。 そのまま鎖骨までキスを落としながら、手は腹からさらに下へと降りていく。 あえて避けたルートで、太腿の内側に触れて、柾は史の顔を盗み見た。 史は半分閉じかけた瞼で天井を見上げていた。 甘い香りを放って、熱い息を吐く。柾は背中にぞくぞくするものを感じた。 柾は史の内腿の肉をぐっと掴んだ。史が顔を歪めた。 「…っ痛ぃ…」 史の両腿を左右に開き、柾はそこに顔を埋めた。 「…んぁっ……んっ…」 柾の下の先が触れた瞬間、史の両脚は電流が走ったかのように震えた。 腰を反らせ、シーツを握りしめて、史は途切れ途切れに喘ぐ。唾液を絡ませて、史のそこをねぶるうちに、柾自身も耐えられないほど昴ぶっていく。 「はぁっ……まさき…っ…」 膝を痙攣させながら、柾の頭を持って、史が呼んだ。その声をうっとりと聞きながら、柾はさらに深く咥えこみ、吸い込んだ。 「あっ……あ…」 柾の顔を押しのけようとする手に力が入る。史が懇願した。 「あ…っやめ…っ…」 柾は一度口を離して、息をあらげる史を見つめながら後孔に手を伸ばした。溢れ出た史の愛液でぬめる指先は、すんなりと進入した。 温かい肉壁が柾の指にまとわりつく。柾は史の表情の変化を見逃さないように、指を進める。 極力声を抑えていた史が、無意識に高い声を上げた。 「…っあぁっ……」 抗えない、といった様子で史は全身をびくつかせた。 「史さん…?」 柾が顔をのぞき込むと、史は両手で顔を覆って快感の波に飲み込まれないように耐えていた。 柾は低い声で囁いた。 「ここ……いいですか…史さん」 同時に指を軽く曲げて、快感の波を呼び起こしてやると、史が悲鳴に近い声を上げて身をよじる。 「……っだ…めっ……っんっあ…」 「イって、いいですよ」 「やっ……うぁっ…んああぁっ」 史が一番大きく身体を揺らした。胸を上下させて息を吐き出している。 柾を見る目がとろけそうに甘い。熱い視線に溶かされて、柾は史の両足を捕らえた。 柾の熱いものが史の中に少しずつ挿入っていく。 「ひあぁ…っんう…っ…」 「史さん…好きですっ…」 「まさ…き…っ」 「史さんっ…」 「…あっ…んっ…まさき…っ…」

ともだちにシェアしよう!