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第20話
「何で繋がらないんだよっ…」
史の電話が一方的に切れて柾は壁を強く打った。
柾の脳裏に、湊斗が史を監禁して犯した記憶が蘇る。状況は明らかに違うが、胸がひどくざわつく。
史は、感情の起伏を外に出さないだけで、本来はとても激しいものを持っている。
柾に対する感情、独占欲。自分や大切な相手に向けられた刃には、恐ろしいほどの牙を剥く。
その史が、何か決意した様子で電話を切った。
白崎と対決するつもりなのか。そんなことでは解決にならないことぐらい、聡い史には分かり切っているはずだ。
それならばなお、危うい。
(巻き込んだのは僕の責任だ)
(僕が愛しているのは、柾だけだ)
まるで、これから起きることを予測すような史の言葉。
もし追いかけて来なければ。
俺が、諦めていたら、こんなことにはならなかったのか。
そんなことが出来たのか、と自問自答すれば、心の奥から無理だと答えが返ってくる。
じゃあ、どうする?
史は柾を守ろうとしている。
柾は、史を守りたい。
昼休みが終わりかけていた。柾は白崎に会おうと歩き出した。史が白崎と居るかどうかの確信はないが、行かずにはいられない。どうか間に合ってくれ。
「橋口くん」
歩きだそうとした柾を絶妙なタイミングで呼び止めた声は、持田だった。
柾はあからさまに苛ついた顔で振り返ったが、それすらも予想していたかのように、持田は作り笑顔を浮かべていた。
「どこにいくの?もう昼休み終わるけど…そっち、営業部じゃないよ」
「すみません、急いでるんで」
柾は持田を振り切って、その横を突っ切ろうとした。
「だろうね」
持田の声に、背筋がぞくりとして柾は立ち止まった。
「だろうね…?どういう意味ですか」
「三澤さんを探しに行くんでしょ?」
持田の表情は明るいが、例によって目が笑っていない。
こいつは何かを知っていて、このタイミングで現れたのだと柾は確信した。
まさか白崎と繋がっているのか?
「……あんたもグルか…道理でいちいちタイミングが良すぎるわけだ」
「何のこと?」
「ばっくれてんじゃねーよ……最初から、何かおかしいと思ってたんだ。あのメールもあんたかっ!」
「やだなあ、あれは俺じゃないよ?だいたい、橋口くんだって嘘ついたじゃん。三澤さんのこと、何とも思っていないって言ったよね?あれはどう説明するの?…言っておくけど、彼は認めたよ」
「…それは……」
「隠したって無駄なんだよ。最初から、俺になびいてくれたらこんなことにならなかったのにねえ?やっぱ、二人いっぺんにっていうのは難しかったかあ」
「…何だって?」
「ああ、こっちのこと。それよりいいこと教えてあげようか、橋口くん」
持田は仮面のような笑顔を近づけてきた。柾は思わず舌打ちをした。
「三澤さん、既に昇進の話出てたらしいよ。さすがエリートは違うよね…でも、あんなメール出回っちゃったら難しいかな…」
「は?!」
「え、知らないの?……へえ、知らないんだ…橋口くん、信用されてないんじゃない?」
柾は持田の胸ぐらを掴み上げた。力いっぱい締め上げられた持田が苦しそうに顔を歪める。
「俺の信用なんざどうでもいいっ!あの人のそんな大事な時期に、あんな卑劣なメール回しやがって……っ!」
「メール、は、俺じゃ、ないってば…っ」
「……メール、は?」
持田を乱暴に放り出すと、大げさにせき込みながら持田は壁にもたれ掛かった。柾は持田の両肩を押さえつけてどすの効いた声で言った。
「メールは、ってことは…他にも何かあるってことか」
「………」
「言え!」
「……俺は、写真を撮っただけ」
「写真?」
「見せられなかった?白崎さんから」
白崎から見せられた写真。記憶を辿ると寒気がする。過呼吸を引き起こした史を介抱している姿を見せられた。
あの時から、柾と史を貶めるための計画が動きだしていた。
いや、もっとずっと前からだとしたら?
史が歓迎会で白崎に詰め寄られ、柾が持田に誘われ一晩を共にしたあれもこれも全て、繋がっているとしたら。
柾の膝がひとりでに震え出した。
「おいっ、白崎はどこだっ!」
「知らないよ。今頃、三澤さんをどうにかしてるんじゃないかな」
「な…んだと…」
「俺は橋口くんを引き留めるのが今日のお仕事。あ、ほら来た」
ちょうど良く鳴った携帯の受信音。それは持田のスーツの中から聞こえた。
取り出した携帯電話の液晶を開くと、持田はにやりと笑った。
「ほんと、あの人自撮り下手すぎ。ま、ぎりぎり顔が映ってるからいいかな」
足下から立ち上る悪寒に耐えながら、柾は持田の手から携帯電話を奪い取った。
わかっていた。
そこに何が映っているか。
それがどういう経緯で撮られたものなのかなど、どうでもよかった。
どうしても受け入れられない。
もし史が、柾のためにそうしたのだと言ったとしても。
無理矢理白崎に強要されたとしても。
柾にとっては結果は同じ。
荒い自撮りで、ブレていて明瞭じゃないのがせめてもの救い。
今朝、史が選んだダークネイビーのスーツが写りこんでいる。共布のベストとワイシャツの前は開かれ、その隙間からのぞく、白い肌。
苦痛に歪む表情をカメラに写らないように背けていた。
何か、持田が言った。
しかし、柾には聞こえていなかった。
柾が覚えているのは、拳に当たった肉の感触と、仰向けに倒れ込む持田の姿。
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