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第2話 気紛れ
久我山は教室の窓から自分を眺める存在を気付いていた
彼は‥‥優等生が大嫌いだった
秀才や天才と謂われる類いの人間は更に大嫌いだった
人を見下す天才と謂われる弟を感じさせる人間には嫌悪感しか抱けなかった
何故‥‥‥アイツが自分を見るのか?
久我山は本能的にかぎ分けて知っていた
アイツはムカつく
今日も久我山は視線を感じて苛立っていた
俺を見るな‥‥‥
そんな目で俺を見るな‥‥
憧れる様な瞳を向けられ久我山は総てを壊してやりたい衝動に駆り立てられていた
久我山は…グランドから抜け出すと、自分のクラスへと走って逝った
クラスのドアを開けると…
類が…振り返った
そして…驚いた顔をして…久我山を見ていた
「誰をそんなに熱心に見てんだよ!
誰か好きな子でもいるのかよ?」
久我山は長い髪を掻き上げ…ニャッと笑った
類は…背が低かった…貧弱な体で…育ってなく…
伸長も155位しかなかった…
久我山は180あった
少し不良じみた顔をして…体躯は…ガッチリとして
…類と…全く違っていた
「何時も…俺を見てるだろ?」
久我山は…類に詰め寄った…
そして……顎を上げて…顔を覗き込んだ
その瞳には…感情が…何もない…
人形の様なガラス玉をしていた
「久我山……痛い…」
腕を捻り上げると…やっと能面の様な顔を…歪めた
久我山は…類に興味がわいた
ほんの好奇心だった
この男を抱いたら…
どんな顔をするのか…
見たかった
この何も映さない瞳に‥‥色がつく所が見たかった
久我山は…類にキスした
重ねるだけのキスから…
舌を射し込む…接吻になり…
類の膝は…崩れた
潤んで見上げる類の瞳を見詰め…久我山は笑った
「不感症のロボットじゃねぇんだな
お前の家に連れていけよ!
この続きをしてやるからよ!」
久我山は…類を、立ち上がらせ…
帰宅を促した
類の家は…学校の近くの高層マンションだった
明らかに売りマンションで、その最上階に…類は住んでいた
部屋に久我山を通すと…
「お前の部屋は何処なんだよ!」と聞かれた
類は、自分の部屋のドアを開けた
その部屋は…殺風景で…机と…ベッドしかなかった
類らしいと…何も知らない久我山は、笑った
「さてと、此処まで俺を連れて来て、何もねぇとは思ってはいねぇよな?」
「えっ…?何があるの?お金なら…ないよ?」
「誰が金を寄越せって言ったよ!」
「寄越すのはお前の体だ!」
久我山は、そう言い…類に詰め寄った
後退り…逃げる類は…何がなんだか解らなかった…
どんな気紛れで…声をかけてくれたのかも…解らない
クラスの………嫌…学園の人気者が…
どんな気紛れで…地味で目立たない…
ロボットと威名を持つ人間に声をかけたのか?
家に連れていけよ…と、言ったのか…?
さっぱり…解らなかった
類は…後退り…ベッドに足を取られて…倒れた
久我山は、その体の上に…のし掛かった
何も言わず…息も着かない…接吻で類の口腔を犯した
接吻でトロンとなった類の…服を脱がし…
久我山は……裸に剥いた
付き合っていた男と別れたばかりだった
「もう付き合いきれない!」と言われ
恋人は逃げていった
久我山の恋は何時だって一方通行で‥‥自分の想いと恋人との想いには温度差があった
久我山と付き合った恋人達は皆、愛されていないと口にした
君は愛を知らない可哀想な子だね‥‥と言い皆去って逝く‥‥
自分の何が愛されていないと想わせるのか?
久我山には解らなかった
だから……もう当分…恋はしたくなかった
でも自由になる体が欲しかった
何時もグランドから見ている江口は…俺に惚れている…と直感で解った
なら、暇潰しに…その体を自由にしてやろう
そんな安易な気持ちで手を出した
裸に剥いた体に愛撫を施した
赤く色付く体は…結構好みかも…
退屈凌ぎが出来たと…久我山は、上機嫌で…類の…体に…最近した事のない、丁寧な愛撫を施した
それには逆に…自分でも驚いた…
類は…久我山のもたらす快感に悶え…喘いでいた
「ゃ…止めてぇ…ダメ…汚いから…」
類の性器を口に咥えると……類は慌てて抵抗した
それさえも新鮮で…興奮した
足を抱え…お尻の穴を解すと、類は痛がった…
ある程度……解し…挿入すると…類は…
痛みのあまり……気絶した
「おい!おい!江口!起きろ!」
頬を叩かれ、意識を取り戻すと…
その瞳に…久我山が映った
夢のような一時だと類は想った
「痛いか?ごめん…でも、止められねぇんだ… 」
類は…久我山のもたらす痛みさえも…愛しくて …
「痛い…げど…我慢する…」
「良い子だ…動くぞ」
「うん。」
思いっきり腰を使われ…痛みが襲う…
でも……痛みに紛れて…気持ちが良いのも…や って来た
訳…解らないうちに…
奥に熱い飛沫を…飛ばされた
そして類も…射精していた…
行為が終わると…久我山は、服を着て…帰って 行った
類は…ベッドのシーツを剥がし…浴室に向かっ た
シャワーを浴びながら…自分の体を触った
久我山に触られた…体を…愛しげになぞった
「気紛れでも…嬉しい…」
久我山は人気者だから…恋人になりたい人間は …沢山いる
彼は不自由してはいない
「想い出くらいは…貰っても良いよね…」
気紛れがもたらした…奇跡だから…これは…
次の恋人が出来るまでの‥‥泡沫の夢なのだなら‥‥
久我山は、類を抱いて…止まらなかった
愛撫にしても…誰にもした事のないような…
入念な愛撫を施した
そして、何時もなら気を失っても…
そのままガシガシ腰を動かすのに…
わざわざ起こして…良い子だ…とキスを贈った
何時もの自分じゃない事に…驚いていた
でも…バージンだったからだな…きっと
そうだ!きっと!
こんな気まぐれは…多分もうない…
久我山は自分に言い聞かせる様に、そう思おうとした
翌日…学校に行くと…類は…
何の感情も浮かべはしない…ロボットの様だった
俺の姿を見た類が躊躇したり、真っ赤な顔になるのを想像していたのに‥‥
まるで類は最初から何もなかったかの様に‥‥
無表情で‥‥久我山はそれが腹立たしくて仕方がなかった
アイツにとったら、あんな事‥‥‥何でもないんだろうな‥‥
顔を逢わせるのを躊躇しあ…こっちがバカみたいになった
類を…垣間見てみると…
瞳は…何も映してはいなかった
何も映してはいない
誰も映してはいない
何の感情もない瞳に‥‥
久我山は……堪らない気分になった
もう……関わらない方が良いのに…
久我山は‥‥‥想いとは裏腹に‥‥そんな類に人間らしい表情をさせたくて仕方がなかった
放課後、類は…グランドを見るのは止めて…帰 宅の徒に着いた
マンションのエントランスを通ると…久我山が 立っていた
類は、驚いて…言葉も出なかった
「部屋に入れろよ。」
久我山が言うと、類は我に返った
「どっ…どうぞ…」
震える指で…エレベーターの階数ボタンを押そ うとするが…上手く定まらなかった
見かねた久我山が、最上階のボタンを押した
暫くしてエレベーターのドアが開くと…
久我山は、類の腕を取って部屋の前へと連れて行った
鍵を取り出す類は上手く鍵が開けられずにいた
すると久我山が鍵を奪うとドアを開けた
久我山は半ば強引に類の腕を掴むと…部屋の中へと入った
部屋の中に入ると…リビングに久我山を通した
リビングは唯一…祖母の趣味の家具か残ってい た
レトロな刺繍の施されたソファーが置かれた応接間には…誰もい なかった
「座ってて…今、お茶を入れるから…」
類が言うと、久我山は類の手を掴んで引き寄せ た
「落ち着け!」
「はい。」
「お茶なんか要らねぇよ」
「なら…またエッチ?僕なんか抱いても…つま らないよ?」
「それは、お前が決める事じゃねぇ!」
類は…くしゅん…と、項垂れた
久我山は類の頭を抱き寄せ…額に唇を落とした
「痛かったか?」
類は頷いた
「あっ…歩く時に…何か挟まっているみたいで ……」
「もう、したくない?」
類は…久我山を見上げた
そして……首をふった
久我山はニャッと笑った
「何時も見てただろ?お前
窓からグランドにいる俺を見てただろ?」
類は…久我山を驚愕の瞳で…見た
「知ってたの?」
「あぁ、知ってた
お前が俺との事を誰にも言わねぇなら、付き合ってやるっても良い!」
「本当に…?」
「今は誰とも付き合ってねぇからな
次が出来 るまでの繋ぎで付き合ってやるよ!
但し、次が見つかったら終わる!
それで良いなら今はお前に付き合ってやる」
類は頷いた
身勝手な男の言い分を…聞いた
「良い子だ!」
久我山が類を抱き寄せた
そして抱き上げると、類の部屋まで連れて行った
その日も…久我山の性欲の続く限り…
類を抱き、終わると帰っていった
その日から…久我山の気紛れに類を抱いた
明日終わるとも解らぬ…関係が始まった
類は久我山に恋人が出来たら終わる関係だが、一日でも長く続けば‥‥と想っていた
久我山に恋人が出来たなら終わる
そしたらもう‥‥見向きもされないのは解っている‥‥
類は初めて誰かを恋い焦がれる想いを味わった
久我山を好きにならなければ、感じられなかった自分の感情が愛しい‥‥
久我山を知らなければ‥‥沸き起こらなかった想いが‥‥嬉しい
類が生まれて初めて抱いた想いだった
久我山の気紛れは…春を越え…
夏を過ぎ秋になっても…続いた
その頃には…類の体も快感を覚え…
久我山のもたらす快感に喘いでいた
「あぁっ…イキそうです…」
「まだ!まだ堪えろ!」
久我山に言われて堪える類は健気で可愛かった
類は…久我山の背中に腕を回した…
久我山は、類を抱き上げ、膝の上に乗せた
下から突き上げ…激しく腰を動かすと…類は仰け反った
二人は…同時に射精して…隙間もなく抱き合った
最初は…類に抱き付かせたくなくて…抱き着いた時に怒った
だが…必死に堪える姿に…愛しくなって…抱き着くのを…許した
類は…久我山に抱き着いた
その力の総てで抱き着くから…
愛しさが込み上げて…抱き締め返していた
久我山は…そんな自分が不思議で…類を、手放せなくなっていた
遊びの筈だったのに‥‥
気紛れの筈だったのに‥‥
幾度も久我山は類のマンションへ逝くのを止めようとした
まるで麻薬の様に‥‥類が欲しくて堪らなくなり‥‥
類のマンションを訪ねる
そんな日々が続いていた
久我山は自分の心が解らずにいた
次を作ればアイツなんて興味もなくなるだろう‥‥と次を探そうとした
だが‥‥食指もわかなくて‥‥次を探す事もせずにいた
「本当に‥‥どうしたんだ?俺」
一番躊躇していたのは久我山だった
風が冷たくなった秋も深まった頃、その日は突然やって来た
久我山は昼休みは屋上で…友人の城崎琢磨と、昼寝をしていた
もう寒くなって来たが、静かな屋上はお気に入りの場所だった
城崎は久我山に「お前さ、学校の側のデカいマンションに知り合いが居るのかよ?」
と問い質した…
「何で?」
「見たって奴が…何人もいて…噂になってるの知ってる?」
「知らねぇよ
噂…?俺は聞いちゃいねぇぜ?」
「噂は、中々本人の所へは行かねぇもんだろ? 」
「その噂は、何だって?」
「あのマンションに住む人妻とでも出来てるのか… とかだけど、違うだろ?
お前が付き合っているのは、人妻じないく男だろ?」
久我山は眉を顰めて城崎を見た
「琢磨…詮索するな!」
この話は終わりだと謂おうとすると、城崎は単刀直入に切り込んで来た
「江口類…だろ?」
「なっ!!」
「俺の母親があのマンションに住んでるから…
お前を見かけて…後をつけた。
また…遊べない奴を…本気か?」
「冗談じゃねぇ!遊びだ!
本気であんな辛気臭い奴と寝るかよ!」
久我山は必死に言い募った
「お前は遊びかも知れないが、彼は本気かも知れないよ?
彼は遊びで付き合えるタイプじゃない
もし遊びなら別れてやれ!」
「そろそろ…飽きてきたからな、別れようと想 っていたんだ!
言われなくても別れるさ!
俺が求めれば足を開く奴なら何でも良かったんだ!」
久我山は総てを否定して終わらせる為に、敢えて何でもない風に言い捨てた
城崎が慌てて久我山を止めた
「おい!待て!」
久我山は慌てる城崎の方を向くと‥‥‥
そこには、類が立っていた
解ってるよ‥‥‥次が見つかったら別れる約束なんだから‥‥
類の瞳は…涙が出そうに…瞳を揺らしていた
久我山の胸はチクチクと痛んだ
こんな事謂うつもりじゃなかったのに‥‥
こんな風に類を傷付けるつもりなんかなかったのに‥‥
久我山は身動き一つ出来ずにいた
類は慌てて「あっ…先生が呼んでたから…」と言い繕った
「担任が職員室に来なさいと言ってたから行ってね!」
と類は…装うって走って屋上を後にした
類がいなくなっても久我山は動けなかった
こんな風に傷付けるつもりなんてなかったのだ
城崎は「悪い‥‥俺が下手な事を謂ったから‥‥」と謝った
「いや‥‥悪いのは俺だ」
自業自得だ‥‥
悪いのは総て自分なのだ
何も知らない類を騙す様に漬け込んで抱いた
次が見付かったら終わると謂う前提で‥‥抱いたのだ
今想うと「俺‥‥‥最低な奴じゃねぇかよ?」と呟いた
気紛れで類に手を出し
気紛れで手放せなくて抱き続けた
何の約束も与えずに‥‥‥
軽く扱ったのは久我山だった
類は…教室に戻ると鞄を手にして教室を飛び出した
今、久我山の顔を見たら‥‥‥
泣いてしまうだろう
そしたら久我山を困らせる事になる
最初から次が出来るまでの約束だったのだ
彼が自分の体躯に飽きれば終わる関係だったのだ‥‥
解っていた
解っていたが‥‥‥夢を見てしまったのだ
夏が過ぎても抱きに来る久我山に‥‥
このままずっと傍にいてくれるかな?
と夢を見てしまったから‥‥
彼は類の感情に気付いて‥‥呆れたのかも知れない
最初から夢など見てはいけなかったのだ
類は学校から飛び出して部屋へと帰ると、荷造りを始めた
此処から離れよう
見向きもされないのに‥‥もう久我山を見るのは辛すぎるから‥‥
最近の…久我山は優しく…抱き着いても怒らなかったから……夢を見てしまった
期待をしてしまった
何時か…久我山に恋人が出来たら…
別れるのは…
最初からの約束だった
だけど…最後に久我山と過ごした日
久我山は類をお風呂に入れてくれ洗ってくれた
まるで恋人にするかの様に‥‥優しく洗ってくれた
そして一緒に朝まで久我山の腕の中で眠った
彼は優しい
こんな自分にだって優しいから勘違いしてしまったのだ
類は悔いていた
「馬鹿だな僕は‥‥」
友を持たぬ子は‥‥‥
人との距離の取り方が下手だった
ましてや人を好きになるのも、愛するのも初めてな経験値の少ない類は‥‥
この先、どうして良いのか解らずにいた
もう振り向いてもくれない久我山の想いを抱えて‥‥‥
久我山との想いが詰まったこの部屋で‥‥‥
過ごすのが辛くて仕方がなかった
恋をしていた
高校に入学してからずっと‥‥‥久我山に憧れて恋をしていた
男が男に恋をするなんて‥‥変なのは類だって解っていた
だけど、自分にないモノばかり詰め込んだ生命力に漲った久我山に憧れて止まなかった
好きになってしまった想いを止められる事は出来なかった
きっと自分を見ている類を脅威に想ったのかも知れない‥‥‥
「好かれるなんて‥‥想ってないよ」
侮蔑した瞳で見られていた
彼は優等生とか天才が嫌いだと豪語していたから‥‥好かれるなんて想ってはいなかった
「でも好きになるのは勝手じゃないか!」
親にだって愛されなかった自分を、愛してくれるなんて‥‥‥
「想ってないよ‥‥」
類は泣いて‥‥泣いて‥‥泣いて‥‥‥この街を離れる事を決めた
後見人をしてくれている弁護士に、この街を離れたいと謂う事を相談すると弁護士は
「ならば気晴らしに遠くに行ってみるかい?」
と提案してくれた
「北海道と沖縄、どっちに行きたいかな?」
問われて類は「北海道」と答えた
季節は秋から冬になろうとしているのに‥‥
類は暖かい沖縄でなく、身も凍てつく北海道を選んだ
幾度かインターフォンが鳴り響いたが居留守を使い、類は学校の手続きとか細かい手続きは弁護士に任せて、ボストンバッグ一つだけ持って部屋を後にした
生活するお金なら…ある
弁護士が毎月…送ってきてくれた生活費がある
二十歳になるまで…類は、財産の管理を弁護士に任せて
二十歳になったら祖母の遺してくれた財産を相続する
弁護士から…毎月送られて来る生活費は、貯めていた
「大丈夫‥‥‥君との想いでさえあれば‥‥生きていけるから‥‥」
類は自分に言い聞かせる様に呟いた
何日間か休んでいた類は、突然転校していった…
だが、誰一人…気に止めはしなかった
それ位…地味な奴だったから…誰もいなくなった事すら気付かれてはいないだろう‥‥
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