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1話 「春」出会う(後編)

昨夜は雨が降っていた。 空気もジメジメしていて嫌な気分になる。けれどすることもない。 なんとなく家の近くのコンビニに行って、適当に飲み物を買った。 家を出た時にそんなに強くなかった雨は強さを増している。 コンビニの傘立てから適当に取ったビニール傘をさしてブラブラと街中を歩く。 もう夜中の12時をまわっているが、男共の会話や車の音でこの辺りは騒がしい。 話しかけられるとめんどくさい。結構暗いが、路地を歩こう。 そう考えて角を曲がると、足にドカッと何かが当たった。 「んー、なんだこれ。」 足に当たったのは人だった。 黒いパーカーに黒いズボンの男が、開けられたビール缶に囲まれて倒れている。 服は泥だらけでずぶ濡れだった。フードを被っていて顔はよく見えない。 けれど、右耳に銀色に鈍く輝く十字架のピアスが見えた。 「あぁ。お前、十字架ピアスの男か。」 『右耳に十字架のピアスを付けた男が最近、この辺でよくうろついているらしい。それで3年生の先輩がめっちゃ怒ってるらしいぞ。』 友達の裕貴からそんな話を聞いた時は 「へー。ここら辺は3年生の先輩の縄張りだからな。1度は挨拶しないとめんどくさい事になること、知らないんだね。」 なんていう適当な返事をした。 生ゴミの匂いとお酒の匂いがとても漂うこの路地裏。明らかに先輩からの暴力を受けたのだろう。 普段なら関わらないが、不思議と少し気になった。しゃがんで様子を見るが、ピクリとも動かない。 「お前、生きてる?」 足で男を軽く蹴ってみる。 「ん…。ゲホッ。ゲホッ、ケホ。」 十字架ピアスの男は意識を取り戻したが、苦しそうにずっと咳き込んでいる。 「お前、酒飲みすぎでしょ。というか、飲まされたって感じなのかな?」 男の周りに空いたビール缶は10本近くある。これだけの量を先輩たちに無理矢理、飲まされたとなると、苦しくもなる。 見るに堪えない。 そして案の定、十字架ピアスの男はその場で嗚咽と同時に吐いた。 ビチャビチャと汚い音と、鼻を突くような匂いにこちらまで気分が悪くなる。 「お前…まじかぁ。」 けれど俺は、彼のそんな光景から目が離せなかった。 さっきコンビニで買った水が入っているペットボトルを十字架ピアスの男に差し出す。 「この水、まだ飲んでないからやるよ。」 「うっ…っ。」 十字架ピアスの男の顔はこちらを見上げているが、暗すぎて見えない。けれど苦しそうにしながらも、受け取った水を口に含んではその場で出した。 雨が降っているから、どうせ汚いものは雨が流してくれる。 「どう?落ち着いた?」 「…あぁ。ありがとう。けどまだ少しクラクラする。」 十字架ピアスの男はしばらくすると落ち着いたようで、立ち上がるが壁にもたれかかった。 「お前、先輩に殴られたんだろ。最近ここら辺に来たの?」 「あぁ。そうだ。なんかデカい態度の男たちだった。一緒に居たやつらも逃げ出したからどんな奴かと思ったら、大した事ない男たちだったよ。」 「ハハッ。そこまでボロボロにやられながらよく言うな。」 面白いやつ。 「お前には救われたな。水は幾らだった?お金出すよ。」 「そんなのいらねぇよ。その代わり、その十字架のピアスについて教えてよ。カッコイイじゃん。」 「これは知り合いに作ってもらったんだ。カッコイイだろ。」 「ふーん。よく見せてよ。」 俺は顔を近づけた。その十字架のピアスは、よく見ると細かい装飾がされていた。 すると十字架ピアスの男は俺の着ている服に気がついたらしい。 「その服は…第三高校に通っているのか?」 「あぁ。さっきお前をボロボロにした先輩と同じ学校。まあ最近行ってないけどな。着てるだけだよ。」 「…あんな息が詰まる所、行かない方がいい。」 「え?」 「それじゃあ俺はこれで。また会えたら会おう。」 「は?ちょっ!」 十字架ピアスの男は突然、俺の横を通って表の通りへ走っていった。 「なんなんだよ。まじで。」 十字架ピアスの男の『あんな息が詰まる所、行かない方がいい。』という言葉に疑問を持ったまま、俺は路地の奥へ歩き出した。 そして、俺が高校2年生になって初めて登校した日の次の日。俺はめずらしく朝早くに学校へ登校した。 気になることがあった。 勿論、違うという可能性の方がとても高い。右耳にピアスの穴を空けてる奴なんてどこにでもいる。話し方も違った。 けれど、背格好も似ているし声もどこなく似ている気がする。 教室のドアを足で開けると、クラスの奴らの視線は俺に注がれた。 「どうして渋谷が学校に?」「まじで意外。なにかあんの?」「けど夜にはよく街を歩いてるらしいぞ。」 俺へのコソコソ話していることなど気にせず、自分の席にカバンを置いた。 クラスの奴らの視線も徐々に減っていく。 彼は朝礼前なのに一人で日本史の教科書を読んでいる。俺は後ろから彼の耳元で囁いた。 「泉原春樹、お前って十字架のピアス付けてる?」 彼はこちらを振り向くと、怯えた表情をしていた。

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