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3話 bet(前編)
コンビニ近くの公園に着いた頃には、日も完全に暮れて真っ暗だった。
公園は小さなブランコがあるだけの、子供が遊んでいる姿も見たことがない場所だ。なぜなら夜になると、こうして先輩たちのたまり場になることで有名なので、誰もここら辺は近づかない。
公園の柵の外から目を凝らすと、遠くの隅で、何人かの男子が輪になっているのがうっすら見えた。
何かを蹴っている様に見える。
おそらく蹴られているのは春樹だろう。
俺は一呼吸置いて、公園に向かっておもいっきり叫んだ。
「おーい!そこに居るのは誰だ!警察呼ぶぞー!!」
勿論、嘘だ。
けれど男たちは「やばいぞ。」「誰だよあいつ。」「とりあえず行くぞ。」等と言いながら、公園から出ていった。
男たちが出ていったのを見て公園に入る。
やはり蹴られていたのは春樹だった。
路地であった時と同じ上下黒の服装にピアスをしている。
「いったぁ。まじ人数多すぎる。卑怯だろ。」
「春樹ってさ、頭いいって聞いたのに実はバカなの?」
「はぁ。またお前に助けられたのか。」
「やっぱ学校と雰囲気とか喋り方とか違うね。なんかそっちの方がいいよ。」
「そんなのどうでもいいだろ。また汚れて最悪だよ。体中痛い。」
春樹は起き上がって土をパンパンとはらう。
「俺が春樹を家まで送ろうか?ここから近いの?」
「そんなの必要ない。もう帰れよ。」
けれど春樹はフラフラと、落ちているカバンを拾って、その中身を取り出している。
そして、その場で服を脱ぎ始めた。
なんでいきなり着替え始めたのか分からず、そのまま凝視していると、春樹がこちらを睨んだ。
「こっち見んな!どっか向いてろよ!」
「え!?あ、うん?!」
やっと目が暗闇に慣れてきたのに、見え始めた春樹の顔は鬼のような顔をしていた。とても怖い。
背中を向けて少し待っていると、カバンのチャックを閉める音が聞こえた。
後ろをチラリと見ると、春樹はなぜか学校の制服を着てメガネをかけていた。ピアスも外して、今朝学校で見た姿のままになっている。
どうしてこんな所で着替えをしたのか分からないが、春樹は俺の事を気にせず公演の出口へとフラフラと歩いて行く。
なぜかそんな春樹から目が離せない。
俺は春樹の元へ行き、肩を掴む。
「なんでそんなに頼ってくれないわけ?家まで送るってば!カバン、持つよ?」
「……。じゃあ、頼みます。」
「はいはーい。」
渋々といった様子で渡された春樹の持っていたカバンは、学校のカバンではなく、少し大きめの黒いカバンだった。少しズッシリしている。
「肩も貸そうか?」
「……。」
何も言わないということは、NOということではないらしい。
俺は春樹の右腕を自分の肩にまわして、ゆっくりと歩き出した。
外は暗いので、よく見えていなかった春樹の顔も、街灯の光で見えた。改めて見た春樹の顔は綺麗なままだった。
かけつけたのが少し遅い気がしたが、そうでもなかったようだ。大して、暴力は受けていなかったのかもしれない。
などと考えていると、春樹は俺の方を見て言った。
「今日も学校で似たようなこと聞きましたが、渋谷さんはどうしてこんなに俺を助けてくれるんですか?ほっとけばいいじゃないですか。」
「あー…なんでだろうね。一昨日、春樹と会った時から春樹のことが気になってるんだよ。」
「また適当なことを。ただ、あれだけやられたから仕返しに行ったんですよ。そしたら…。」
「また暴力ふるわれたわけね。そんな弱いのによく挑んだね。」
「…そうですね。」
春樹はなぜか俯いたまま、少し顔をくもらせた。
その後は何も話さず、進みたい方向へ春樹が指をさすだけ。ただ道を歩いた。
とても長く感じる時間に嫌気がさした頃、春樹は
足を止めた。
「止まってください。ここが俺の家です。」
「え、ここ!?家デカい!」
俺が住んでいるアパートと同じくらい大きな一軒家。勿論、見た目はアパートとまったく違う。三階建ての立派な家。窓は大きく、広い庭までついている。
「春樹は頭も良くて金持ちなんだな。」
「そこに関してはよく分かりません。」
柵の中へと入り、鍵を春樹はポケットから取り出して、玄関を開けた。
すると、玄関で一人の少女が座っていた。
春樹よりも少し背の低い少女。長い髪を一つに束ね、少し気の強い顔立ちをしている。
「お兄ちゃん?どうしたの?」
細々とした声を発したその少女は、春樹を心配そうに見つめる。どうやら春樹を待っていた様だ。
「問題ないですよ、リン。塾へ自習に行ったら、その帰りに変な人にからまれただけです。それで、たまたまこの人が助けてくれました。」
笑顔でサラサラと出てくる嘘に、驚きを隠せない。
春樹は時間的にも塾へは行っていないし、相手は変な人ではないし、からまれたわけでもない。
けれど疑う様子もない少女は、俺に深々と頭を下げた。
「そうだったんですね。ありがとうございます。私は妹のリンです。中学二年生になります。」
「リンちゃんね。どうも。春樹と同じ高校の渋谷 快晴です。あ、春樹は俺が部屋まで運ぶよ。春樹の部屋はどこかな?」
「え!?」と驚く春樹。リンちゃんはどうしたらいいのか分からず、しどろもどろしている。
そんなリンちゃんの目線に俺は合わせてしゃがんだ。
「リンちゃん。リンちゃんはお兄ちゃんの帰りを待ってくれる優しい女の子だ。だから俺はその手助けを少しだけしたいんだよ。」
「あ、ありがとうございます。この階段を上がって二階の1番右の部屋です。」
と言って、少し照れながら俺を通してくれた。
速歩で俺は二階へと上がり、1番右の部屋へ入った。
春樹の部屋はとてもシンプルだった。ベットに机、テレビと参考書の棚があるだけ。けれど部屋の広さは俺の家よりも広い。
とりあえず春樹をベットに座らせると、また鬼のような表情をしていた。
「ここまで送らなくていいんですよ!なに入ってきちゃってるんですか!?それにリンを口説くようなことを言わないでいただきたい!」
怒りながらも、春樹はブレザーを脱いで自分の横に畳んだ。
「春樹の部屋、気になっちゃったんだよ。いいじゃん別にー。にしても、妹のリンちゃん可愛いね!あ、勿論、手とかは出さないから安心してねー。」
「当たり前です!いいかげんにもう帰ってください。今日のことには感謝しているんで。」
「んー。どうしようかなー。」
「うわっ!」
俺は春樹の肩を押して、ベットに倒した。
そして春樹の顔の横に両手をつく。
「リンちゃんには手を出さないって言ったけど、春樹に出さないとは言ってないからね?」
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