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3話 bet(後編)

突然のことに春樹は固まった様子だったが、すぐにいつもの澄ました表情に戻った。 「なんですか。どうせイタズラでしょう?もう分かってるんで、そこをどいて下さい。」 春樹は体を押してくるが、その力は弱いので俺の体は動かない。そして俺も、ある事を試しているので動く気もない。 「本当、俺、お風呂にも入りたいんで。」 「……。」 「あの、なんか喋ってください。」 「……。」 「あの!聞いてるんですか!?」 「春樹ってさー、なんかエロいよね。」 「は?」 薄々、自分でも感じていた。一昨日の夜、あの路地裏で会った時から。 正確にいうと、すれ違った時かもしれない。 「多分だけど俺さ、春樹のこと一目惚れしたんだよね。」 「え?」 「路地で初めて会った時のこと覚えてる?俺の横を通ったでしょ。その時に春樹の顔が一瞬、見えたんだ。その時の春樹の顔が忘れられない。肌は綺麗だし、髪も真っ黒で綺麗だなって思ったんだ。」 「ちょっ…」 「それで春樹のことが気になったんだ。なんか忘れられないし、もしかしてって思って今こんなことしてるんだけど、全然嫌じゃない。」 「待ってください。ちょっと…」 「だからさ、俺は春樹のことが好きなんだと思う 。付き合ってくれないかな?」 「いや、無理です。」 「えぇ!!?」 初めて自分から告白して、初めて振られたことに魂が飛かける。そして、とても早い返事だ…。 「まず、あなたには彼女がいるじゃないですか。それに俺にも、付き合っている人がいます!」 「あぁ、彼女って美羽のことね。美羽には悪いけど、きちんと別れるからって…え!?春樹って、付き合ってる人いるの!?」 「いますよ!だから無理です!どいて下さい!」 思わぬことに頭が追いつかない。 美羽も春樹は女子に人気があると言っていた。まさか、既にそんな人がいるとは…。 「春樹の彼女って誰?同じクラスのやつ?」 「あなたには関係ないでしょ。どうして言わないといけないんですか。」 「言ったらここをどいてあげるよ。それに俺には友達が多くいるんだよ?どうせ後からバレるけどねー。」 「あなたって案外、ずるい人ですね。」 「ほらほら、教えてー?」 「…青山 愛さんですよ。隣のクラスの。」 「青山 愛ね…。」 接点はないが、顔と名前には記憶がある。たしかメガネをした大人しい女子。休み時間も本を読んでいて静かなタイプだったはず。 「彼女に何かしたら本当に怒りますよ。あと、教えたんで、そこどいてください。」 「あぁ、ごめん。今どくよ…って、ん?なにそれ?」 今まで襟に隠れてよく見えていなかったが、春樹の首元に薄くだが赤い痕があった。 春樹の肌は白いので、その赤色が割と目立って見える。 「春樹、これって…」 「!」 何かに気づいて、青ざめた春樹は直ぐに首元のそれを隠した。 それはキスマークだ。 学校ではそんなものは付いていなかった。 その上、帰り道での春樹の暗そうな反応。 「春樹、それって先輩たちに付けられたの?」 「やめてください。何も聞かないで。」 春樹のそれを見た時、なぜか興奮した。そしてすぐに醜い嫉妬がマグマのように湧き出る。 頭が真っ白になる。 「おかしいと思ったんだ。暴力をふるわれた割には、怪我が少ないなって。」 「やめてください。」 さっきブレザーを脱いだので、ブラウス姿の春樹。俺はそのブラウスのボタンを一つずつ外しながら話を続ける。 「おかしなことだよね。彼女がいるから無理とか言いながら、先輩とそんな関係だったなんてなー。どこまで許したの?最期までした?」 「そんなわけ…」 「もしかして路地で倒れてた時も既に体の関係にあったの?」 「あの時は何もされてないです。今日は捕まって、服を脱がされて。あいつら、俺が綺麗だとか言い始めて、そしたら首元にキスされたから暴れて…それで蹴られて…。」 春樹は怯えて、だんだん声が小さくなっていく。抵抗もできず、ただ震える姿は小動物のようだ。 「へー。本当かなー。」 ボタンを全て開けて、あらわになった春樹の体をじっくりと眺める。 細めの体のライン。そしてやはり白い肌。汚したくなる。 腹部に触れると、春樹の体はビクリと震えた。春樹の温もりを感じる。 「あ、あなただっておかしい。」 瞳に涙を浮かべ、突然言われたことに、俺の手が止まる。 「おかしい?なにが?」 「あなたは俺のことを好きだと言いました。なのにどうして俺の嫌がることをするんですか。これじゃあ、あの先輩たちと一緒じゃないですか…。」 「…っ。くそっ!」 そう吐き捨てて、俺はその場をどいた。 「春樹、ごめん。本当に。」 けれど春樹からは何も返事が無い。 俺は春樹の部屋を飛び出した。 何も言わず、家からも出た。 とても最低だ。 自分ではなかなか手に入らないからって、イライラして春樹をさらに傷つけた。それに強引に春樹を自分のものにしようとした。 「明日にはちゃんと謝らなきゃな。」 「え、快晴?」 声をかけられた方に向くと、美羽が驚いた表情で立っていた。

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