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第2話

「抱きたいだろ?」 「は……?」 「帝斗のこと、好きだろ――お前」  唐突にそんな言葉を突きつけられたのは仕事の合間――  ほがらかに客の相手をする同僚の【帝斗】を遠目に見ながら、横から口を挟んできたのはホスト仲間の【白夜(びゃくや)】だ。  突然の言葉に【紫月(しづき)】はうろたえた。  この白夜とは、互いにNo.1を取ったり譲ったりの間柄だ。つまり、傍から見ればホストクラブ内で一番のライバルといったところか。  故に遠慮なしのきわどい言い合いも珍しくないといえばそうなのだが、それにしても今回は度が過ぎたストレートさだった。 「な……に、ふざけたこと抜かしやがるっ……てめ、頭おかしいんじゃねえか?」 「オカシイのはどっちよ? 仕事も上の空であいつばっかり目で追い掛けてんの、気付かねえとでも思ってた?」  冷笑と共に更に信じ難い言葉を突きつけられて、紫月は面食らった。 「なら試してみねえ? 俺でよけりゃ代わりになってやんぜ?」 「は――?」  言うが早いか、突如抱き寄せられて、紫月は思わず瞳をパチパチとさせながら硬直してしまった。  背中を壁に押し付けられて身動き儘ならない。自分よりも若干上背のある白夜に詰め寄られては、咄嗟にどうもしようはなかった。  そんな戸惑いを更に追い詰めるかのような、耳元ぎりぎりに這わせられる唇の感覚にギョッとなって身を捩る。 「っカ……野郎ッ……何しやがるてめえっ……! ふざけんのもたいがいにっ……うあっ……」  壁に押し付けられた背骨が痛いくらいに力が強い。  現状を把握する余裕もなく、気づけば腕をも取り上げられていて、紫月は更に硬直してしまった。 「訊いてんだよ、帝斗が好きなんだろ? こんなことしてえんだろ? 今、あそこで客にべったりされてるアイツに焦れてモヤモヤしてんだろうが」  白夜の言葉はある意味当たっていると言えなくもなく、そのせいでか、返答の言葉も咄嗟には浮かんで来ない――  全力で跳ね返すように紫月は目の前に覆い被さった胸板に膝打ちを食らわせると、一瞬ひるんだ白夜の頬を間髪入れずに張り倒した。 「ッ……痛ってーな……! バカ、本気で殴る奴があるかって……クソっ……マジ痛えー」  少々咳き込みながら白夜は自身の唇を指で拭い、 「はっ、切れちまったじゃねえか……信じらんねぇ……」  苦々しい言葉と共に舌打ちを隠さない。だがしかし、同時に不適な薄ら笑いを浮かべてもいた。  不機嫌極まりないのは紫月の方だ。 「信じらんねえのはてめえだろ? 何血迷ってやがる! そこどけよっ! 俺りゃーまだ仕事あんだからよっ!」  再び白夜の肩をど突きながら、そろそろ閉店間際の客席に戻ろうとした――その時だ。 「は……んっ、アフターで女抱いて発散か?」  後方から投げ掛けられた我慢も限界な言葉に、足早に去ろうとする動きが一瞬で停まった。 「てめえ……何か俺に文句でもあるわけ?」  穏やかな言い回しの低い声が、逆に怒りは最高潮だと物語っている。だが白夜の方は相変わらずにニヤニヤとしながら、着崩れたスーツのジャケットを余裕たっぷりな様子で直しているといった調子だ。加えて、遠慮なしの毒舌もとまらない。 「お前の穢れた妄想のはけ口で抱かれる女の気にもなってみろよ。ごもっともな甘い言葉で騙しちゃいるが、実際は女のことなんかこれっぽっちも想っちゃいねえだろ?」 「はぁ……!?」 「……ったく、酷え商売もあったもんだぜ。客に突っ込みながら考えてるお前の脳ミソの中身、見ることが出来た日にゃ半殺しもんだよなぁ~?」  切れた唇を未だ拭いながらツラツラとそんなことを並べ立てる白夜の言葉は、皮肉この上ない。例えばそれが図星であったとしても、到底許しておけるものではなかった。 「てめえ、俺に殺されてえのか? 何突っ掛かってやがる。想像だけであることねえことほざいてんじゃねえぞ……」  静かな言い口だが底に秘めた怒りを露に紫月はそう言うと、歩を戻してぐいと白夜の襟元を掴み上げ、今度は逆に彼を壁へと叩きつけた。それでも白夜の方は余裕の様子でニヤリと口元を緩めたままだ。それどころか、もっと酷い皮肉を吐き捨てた。 「人間、ホントのこと言われるとアタマ来るってのは当たってんな? 今のお前、逃げ場失くして断崖絶壁って感じ?」  何故、こうまでしつこく嫌味を突き付けられなければならないのか。我慢も限界――お情け程度に仕切られたパーテーションの向こうに客がいようが、そんなことはどうでもよくなった。紫月は怒りのままに思い切り白夜の頬を目がけて拳を震わせた。 「おお~っと! 今度はそう上手くやられるかよ?」  そう言うや否や、繰り出した張り手をガシッと掴み取られて、逆に壁へと押し付けられてしまった。やはり上背も力もある白夜には適わないといったところか。隙を突かれるようにあっという間に掌を取られ、ねっとりとねじり込むような仕草で一本づつ指を絡め取られていく。その様が言いようのないエロティックな動きに感じられて、紫月は焦った。  これではまるでメデューサに睨まれて、石にされてしまう人間のようだ。一本、また一本と絡み合わされていく指先が、指先ではない何か別のもののように感じられる。思わずゾクリと背筋に独特なうずきが走るのも信じられなかった。 「帝斗のもこうだぜ?」 「――ッ!?」  驚きで呆然としていたのか、気付かない内に取り上げられた掌が白夜の肌蹴たシャツの中の胸板を撫でるような形で無理やり押し当てられているのに気が付いて、更に焦った。 「……な……にしてんだ、てめえ……」 「なんだ、聞いてなかったのか? 帝斗のもこうだって言ったんだ」 「は……?」 「膨らみも柔らかさも何もねえ。ゴツゴツしてて硬い胸板!」 「――ッ!?」  ますますワケが解らず、困惑させられる。 「色だって可愛いピンクなんかじゃねえ。……ま、あいつは色白だから? もしかして綺麗~な乳輪してっかも知れねえけどな?」 ――――! 「お前、見たコトあんの? 帝斗のココ……乳首とかさ?」  耳を掠める破廉恥な言葉に、瞬時に頬が熱を持った。と同時に、不本意ながら脳裏を駆け巡った想像に、カッと染まった頬の熱が痛いくらいに紅潮止め処ない。 「このっ……気違いっ……!」  呆れる程に低俗な戯言に付き合ってやるのも、逐一反応してやるのもバカバカしい。本来ならこれ以上関わるのも面倒なので、ツバのひとつも吐きかけて仕舞いにしてやるところだが、そうあしらえなかったのは頭の中で白夜の言った言葉が欲情に火をつけてしまったからだ。 『――帝斗のココを見たことがあるのか? あいつは色白だから意外に……』  嫌がおうでも映像付きで妄想が膨れ上がり、心臓が破裂してしまいそうなくらいにドクンドクンと血流が脈打つのをとめられない。指先はしっかりと白夜の胸板の上に固定されたままで、平たくゴツい感覚が欲情を煽り立ててもいた。 『帝斗のもこうだぜ? ゴツゴツしてて硬い胸板』  思い出したくもない、いやらしさのこもった言い草。だがそれを想像するだけで身体は素直に反応してしまう。ジャケットやシャツを脱ぎ、確かに白夜の言うように色白の胸元を露にした帝斗の姿がチラリチラリと脳裏に浮かび上がっては、呼吸も儘ならないくらい興奮している自分自身に悪寒が走った。  クラクラと目眩までもがしてくる始末だ。  狭い空間で、かといってパーテーションのすぐ向こうにはザワついた店内の雰囲気があって、少しでも声を荒げれば誰かに気付かれてしまう。 「随分と余裕あるみてえじゃん?」  まだ僅かに理性は残っているわけか、時折店内の様子を気に掛けるふうな仕草を見せている紫月を煽るように、白夜は自身の胸の突起を弄らせ続けた。 「……ッてめ、いい加減にし……ろ」  理性と欲情の狭間で揺さぶられる様を眺め、堪能してやるとでも言いたげな、意地の悪い悪戯が止まらない。面白がるように言葉で追い詰め、弄ぶことを楽しんでいるとでもいうのだろうか。 「もっともっと想像しろよ。これが帝斗のだったらどうだ? お前はどうする? どうしたい?」 「……ッ……」 「俺と違って体格だってお前よりも若干華奢だし、こうして抱き締めればすっぽり腕の中におさまる。案外ヤツもお前に好意を持ってて、応えてくれるかも知れねえぜ? 紳士的なヤツのことだ、『紫月さん……』なんて、とろけた目で言ったりしてな? そしたらお前にとっちゃ超ラッキーな展開?」 「何……言ってんだこの気違いっ……何を根拠にそんなこと……」 「お前見てりゃ解る。いっつもいっつも帝斗のことを目で追って、そのくせ当の本人を前にすりゃ聖人顔装って親友気取りか? 俺はちっともやましいことなんかありませんってなツラしてよ?」 「ッ、く……だらね……! ふ……ざけてねえでこの手離せよっ……! 白夜てめえ、いい加減にしねえと……」 「お前、あいつを想って抜いてたりすんだろ?」

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