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第3話

「――!」 「は、まさか図星かよ? それとも何? 客と寝ながらあいつのこと考えてたりすんの? それじゃ客もめっぽう気の毒ってヤツよね?」 「……かっ、離せってんだよ……! ……ンなことしてるわきゃねーだろがッ!」 「どうかな? もしかして野郎に惚れちまったかも知れねえっていうてめえ自身が信じらんねえんだろ? もちろん帝斗には気持ちを伝えられるワケもねえ、迷うわ焦れるわで、はっきり言って頭ん中ぐちゃぐちゃだろうが?」 「……誰がッ、いつそんなこと言ったよ!? 第一俺はあいつに惚れてなんかねえし! ただ……」 「ただ? ただ……何だよ? ダチとして、同僚として好きなだけです、ってか?」 「悪りィかよ!」  掴まれた腕を振り解こうともがけども、押し問答が酷くなるだけで、同時に服装も乱れていく。よしんばこのまま店内のフロアに戻ったならば、誰が見ても一見にして小競り合いでもして来たのかと思うに違いない。 「お前さ、自分じゃ気が付いてねえのかも知れねえけど、いつでも帝斗を目で追ってるぜ。客の中にだって薄々感付いてる子もいるみてえだしな」 「嘘……付け! ンなこと……」 「嘘じゃねえさ。こないだどっかのテーブルでそんな話題が上がってんのを実際聞いたし。まあその時は軽い冗談雑じりで、女の子たちも『萌える』とかっつって盛り上がってたみてえだけどよ?」 「――!?」  まさかそんなことがあっただなんて――!  驚愕――というよりも愕然とさせられる思いだった。知らず知らずの内に視線が帝斗を追い、周囲の――しかもお客にまで噂されるような事態になっているだなどとは思いもよらなかった。  あまりのショックに思考が付いていけず、紫月は膝から力が抜け落ちてしまいそうだった。  正直、穴があったら入りたいような気分だった。  仕事をそっちのけで淡い想いに浮かれていたという事実も、それに気付かず帝斗に対して親友顔を装ったつもりでいたことも、何より社会人としては失格ともいえる自分自身に対する羞恥心でいっぱいだった。自己嫌悪で目の前が真っ白になり、何も考えられない。  そんな隙を突かれたわけか、呆然と見上げていた男の顔がだんだんにボヤける程の位置まで近づいて来たと思ったら、次の瞬間には有無をいわさずといった調子で唇を塞がれていた。 「なっ……!?」 「楽にしてやるよ紫月、お前を解放してやる――」  突然の衝撃に驚いて我に返った。 「……てめ……何、急に……」 「なんて……な。解放されてえのは俺の方……かな」 「……は?」  大きな掌でしっかりと包み込むように後頭部を支えられている感覚に、奇妙な気持ちがうずき出す。ゾワゾワと背筋を這うような独特の感覚――まぎれもない欲情の感覚を悟って紫月は焦った。 「な……んで、こんな……いきなりキスとか……有り得ねえだ……ろ」 「ん、正直言っちまうとお前を帝斗に渡したくねえから……かな」 ――ますますワケが解らない。 「何……言って」 「俺はお前が好きだから。お前が他のヤツのことばっか気に掛けるのを見てんのは限界だったから――」 「――!?」 「……っつったら、どうする?」 「どう……って、てめ、まさか俺をからかって遊んでんじゃ……っあ……!」  最後まで言い終らない内に再び強引に唇を重ねられ、今度は歯列を割って舌と舌とを濃厚に絡め合わされる激しいキスを仕掛けられた。と同時に、信じられないほどの快感が全身を這いずり、湧き上がってくるような感覚に身震いがとまらない。 「な……っにして……っだって! 白夜、てめ……」  抗いの言葉でも口にしないとどうにかなってしまいそうで、だがそれ自体が信じられない。これが万が一、帝斗ならば有り得なくもないかも知れないが、相手は恋情などこれっぽっちも感じたことのない男だ。常にNo.1を争うライバルで、帝斗とは見てくれも性質も180度違うといっても過言でないくらいの――そう、強引で自信たっぷりの、どちらかといったら好みでも憧れでもないはずの男。  その男によってもたらされた突然の悪戯に、身も心もすべてを持って行かれそうなくらいの快楽に堕とされようとしていること自体が信じ難い。加えて、本来こういった甘美なシチュエーションならば当然の如くリードする側であるはずの自分が、今は逆にリードされ掛かりながらもそれを心地良いと感じていることも驚愕だ。そんな気持ちを知ってか知らずか、耳元を撫でる言葉も――到底信じ難かった。 「お前が帝斗を好きなようにさ、俺はお前のことが好きなんだよ。それもかなり前からなんだぜ? 正直言うと、お前と会った瞬間から惚れちまったっつってもいいくらい」 「……っ、ワケ……分かんね……」 「嘘じゃねえよ。マジだぜ? お前が好きだ、紫月――」  そんな言葉を聞いたような気もしたが、最早紫月にはそれが現実か幻かの区別もつかなかった。  唯一意識が追えるのは絡まる舌先の感覚と、官能に火を点けるように首筋を這う指先の感覚にすべてを預けてしまいたくなる。そして、できることなら今抱えている重たいもの、そのすべてを押し流してしまいたい。目の前に差し出された愛欲に身を任せ、今はただ、やわらかではないこの男の肌を感じていたい。  気付けば熱くなった股間が痛いくらいに腫れ上がっていて、咄嗟に抱き寄せられていた身体を離したが遅かった。 「……すげえな、あいつ(帝斗)のこと考えるとこんなになるんだお前?」 「……ッ、違っ……」  そうだ、最早帝斗のことがどうのと考える余裕など、とうに無い。  それ程の衝撃を差し出して来たのはお前じゃないか――!  そう思えども、上手くは言葉が出て来ずに、できるのは嬌声まがいの吐息を漏らすことだけだ。加えて目の前の男は絶妙な今の気持ちを煽り立てるようなことを口走る。 「やっぱ、こういうの目の当たりにしちまうとちょっと妬けるな……いや、ちょっとじゃなく……相当妬ける」  スーツのズボンを盛り上げている熱をがっしりとしたドでかい掌で撫でられながら耳元をそんな言葉が掠めたが、その声も又、逸って興奮しているような息使いに益々欲情を煽られる。もう何がどうなろうが、正直どうでもいいと思えてくる。触れ合う下半身は互いに興奮していて、硬い感覚が更に意識を飛ばしていった。  服が邪魔だ――  スーツのジャケットもボトムも、洒落た柄の絹製のシャツも木綿のインナーも何もかもが邪魔で邪魔で仕方ない。すべてを脱ぎ捨てて、互いの生々しい感覚を絡め合せてしまいたい。ついでに帝斗に対するモヤモヤとした想いも一緒に脱ぎ捨ててしまえるならば、少しは楽になれるだろうか。 「……おい、他人(ひと)が来ねえ……ところに……」 「ん? 何?」 「だからっ……誰にも見らんねえとこに移動しねえとマズイ……っつったんだ……」 「移動? 移動してどうすんだ? 俺とヤっちまってもいいって気になったわけ?」 「……るせぇよ……! てめえのっ……せいだろが! てめえがこんなちょっかい……仕掛けて来っか……ら……」  整わない吐息を抑え、視線だけで目の前の男を睨み付け、だがもうあふれ出してしまった欲望には逆らえない。無情さに拍車をかけるように両の掌で尻を掴まれ引き寄せられて、熱と熱とをグリグリと擦り合わされた。

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