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第4話

「……ッ……つうっ……よせ、白夜……!」 「よしていいのかよ? もっとしてくれ、の間違いじゃねえ?」 「だ……っれが、てめ……となんか」 「ふん、そーゆー素直じゃねえのが堪んねえってか、俺、お前のそうゆうとこが好きよ?」  褒められているのか――罵倒されているのか、或いはいいように弄ばれているのか――それとも心底侮蔑されているだけなのか。はたまた、本気なのか冗談なのか。  最早分からない。  正直どうでもいい。  考える気力もない。  確かのは目の前にぶら下がっている激しい欲情にまみれたいという気持ちだけ―― 「欲しいか――?」  今までの強引さからは考えられないようなやさしさと甘さを伴ったような声でそう訊かれて、頬が染まった。それは突如湧き上がった予想だにしなかった気持ち――恋心にも似た、番狂わせともいえるくらいの衝撃的な感情だった。  揺れ動くそんな気持ちに戸惑う間もなく、ふと視線をやった先に、いつの間に外されたのか、緩められたベルトのバックルがぶらりと垂れ下がっているのがぼんやりと映り込む。半分くらいまで下ろされたジッパーを割り込み、尻の方からスッと手を入れられて、あっという間に下着の中にまで侵入した掌の感覚にビクリと腰が引けた。 「逃げるなよ――俺から……逃げないでくれ、紫月」  またもや甘やかな吐息交じりの声で耳元ギリギリにそう囁かれ、と同時に硬く熱を持った自身のモノを握り弄られて、思わず嬌声がこぼれてしまいそうだった。 「……っ、あ……」 「濡れてるぜ。分かるか? これ、お前んだ」 「はっ……あ、よせ……このヘンタイ……が……っ」 「だよなぁ、ヘンタイだよ俺。ずっとお前とこんなことしたかったんだから」 「……っずっと……って」 「ダチだの同僚だの、淡い想いだの、お前が帝斗に抱いてる気持ちなんかとは比べ物になんねえくらいだぜ、多分。当然、やらしいことも想像しまくったし、お前を想って一人でヌいたこともしょっちゅう……なんて言ったら、やっぱ引くか?」 「……なに……言ってん……っあ、はっ……!」  クリクリと鈴口の先端を親指で弄られる動きに、紫月は嬌声を隠さんと唇を噛み締め、だがそれだけでは足りないのか、大袈裟な程に頭を揺さぶり続けた。やわらかな茶髪のミディアムショートを目の前の男の肌へとなすり付ける。何か他の音でかき消してでもいないと、抑え切れない淫らな声がとめられないのだ。  この欲情を早くどうにかして欲しい。  思い切り激しくなぶられてみたい気もする。  そう、もう疲れたんだ。帝斗を追い掛け、挨拶ひとつ交わすだけで一喜一憂し、挙句は仕事もうわの空で呆けていた自分。にも関わらず、突如差し出された甘美な『いざない』に驚きつつも心躍らせ、素直に欲情しきっている今の自分自身も信じ難い。憂鬱で自己嫌悪で、まるで這い出ることの叶わない泥沼にでも引きずり込まれてしまったかのようだ。  だからどうにでもして欲しい、目の前のこの男に弄ばれることで嫌悪感が拭えるならばそれでもいい。誰かにめちゃくちゃに乱してもらえたら―― 「白夜……ッ……あ…つっ……やべえから……」 「イきそう?」 「……んっ、んっ……はぁ……あっ……ちの部屋で……ここじゃマジでやべえ……」  我慢出来ずに自らの意志で甘えるように縋り付いたその瞬間、紫月は至福と最悪の二つを同時に味わうこととなる。 「ダ……ッ、も……限界……! ……ッイ……く……っあ……!」 ◇    ◇    ◇  はち切れんばかりに昇りつめた高まりを解放し、身体も頭の中も至福を迎えたその瞬間、無意識に涙がこぼれる程の快感に包まれた。それに同調するように、白夜の大きな掌が余韻の最後まで絞り取るとでもいうように自身の熱を包み込む。 「待ってろ、今拭いてやっから」 「あ……あ……今、触……ったら……やべえ……っん……」 「余韻でまだ感じちゃう?」 「……っん、ああ……」  そっと、まるで愛しい者を包み込むかのように肩先に添えられている掌が熱い。その大きな手で、背筋をもうひと撫でしてもらいたいような気にさえなる。ついでに首筋も、鎖骨も、耳元も、そのしっとりとした形のいい唇でついばん欲しい。そしてもう一度――今度は思い切り熱と熱とを絡み合わせてみたい、そんな気にさえさせられる。 「……白夜っ……くそ……てめ……のせい……でこんな……」 「こんな――何?」 「こ……んな……っあ!」  放った白濁を拭ってくれるようなそぶりで、まだ冷めやらない熱を再びキュッとつままれ、しごかれて、大袈裟なくらいに腰元が跳ね上がった。前屈みになり、白夜にしがみ付き、すぐさま荒ぶり出しそうな欲情を抑えるのも難しい。 「っくしょ……どっか……部屋――空いてる部屋……に……」 「続きをしてえ?」  甘く、低く、わざとじゃないかというくらいに色香の伴った声が耳元を撫でる。もう全身が性感帯にでもなってしまったかのような、それは辛くさえ思える程の欲情の感覚だった。 「続き、してえだろ? どうなんだ、紫月――?」 「……ッ、クソッ……! 誰が……続きなんか……」  言葉では反抗するものの、無意識に預けられた身体が、素直に『欲しい』と言っている。 「分かった、ヤろうぜ続き。もっともっとよくしてやる。もっと……めちゃめちゃに乱してやるよ」 「……んっ、あ……っう……!」  客を送り終えた帝斗が背後に近付いているとも想像出来ずに、本能のままに漏れ出した悩ましげな声が届いたとでもいうのだろうか。  夢中で白夜に縋り付き、乱れる自らを驚き見つめる帝斗の存在に気づいた瞬間、濁流のように戻った現実に耐え切れず紫月は意識を手放した。  こんな不運をどうやって弁解出来るというのだろう?  真っ白になる視界に耐え切れず、自らを保つことも儘ならず。まるで白夜の腕に縋り付くようにどっさりと倒れ込んだのを、帝斗がどのような見解で受け取ったのかは定かではないにしろ――

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