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「洸希」 「........なんだよ」 ふたりでホテルに行って以来、蒴は学校で俺にまとわりつくようになった。 「昼、食べよ」 コンビニの袋をもって、前の席に腰をかけて俺の方を向く。 「友達と食べろよ」 「洸希だって友達だろ」 「友達........?」 俺にはその言葉がピンとこなくて、首を傾げる。 「あーセフ「おいっ!」 とんでもないことを言い出しそうな蒴の口を手で塞ぐ。 「誰も聞いてねーよ」 何を思ったのか俺の前髪を持っていたゴムで止める。 「おい、あとつく」 「可愛い顔見えんじゃん。この方が」 「だから可愛いとか言われたく「わぁ、南くんってそんな可愛い顔してたの!?」 蒴を睨みつけたと同時に近くにいた女子がバタバタと走ってくる。 「........可愛いって」 そんな言葉、男にとってなんの褒め言葉にもならないんだけど。 こんな女みたいな顔を見られたくなくて、前髪を長くして隠してきたのに。 蒴といるとろくなことがホントない。 「なに、悠《はる》ちゃん。俺より洸希がお好み?」 顔を近づけて「んー?」と聞いている。 「もう蒴が一番に決まってるじゃん」 「なら、いいけど」 蒴に顔を近づけられて頬を赤らめている女子に満足気な様子の蒴。 「........この女たらし」 「んー?」 「........」 自分が優位に立っていることを俺に見せつけるのが狙いだってことはわかってる。 男が恋愛対象とか言って無駄に女たらしなのはどうにかならないんだろうか。 「おーい、洸希。今日家に来いよ」 無視して弁当を食べていると蒴が顔をのぞきこんでくる。 「はぁ?嫌だよ」 「イイコトしようよ」 「........っ」 耳打ちしてくる蒴の吐息がかかって、ゾクゾクと身体が疼く。 顔を近づけられる度、近くで話される度、ホテルでのことを思い出してしまってドキドキしているなんてこいつは知らないだろう。 「来る?来ない?」 「えー、あたしが蒴の家に行きたいなぁ」 蒴の腕を引っ張った甘えた声を出す。 「........っ、行くよ!」 そんな女子を見ていたら思わずそう口にしていた。 「よーし、今日は洸希が来るからごめんな?」 ポンっと彼女の頭を撫でて、やんわりと断わる。 蒴はいつもこうだ。 断わるときも波風を立てないように「今度ね」と言うニュアンスを残して断わる。 「いいなぁー、南くんは」 「そう?」 「でも南くんも好みだなぁ。あ、そうだ!連絡先程教えてよ」 数秒前まで蒴を対象にしていた瞳はあろうことか俺に狙いを変えてきた。 おいおい、なんだよこの尻軽女。 「俺の連絡先なんか知ってもなんの得にもならないよ」 こんな風に女の子から連絡先を求められたこともなかったから、俺にも風が向いてきたか........なんて思うけど、絶対違う。 俺と仲良くしていればあわよくば蒴と........なんて考えているのかもしれないけど、残念ながら俺と蒴は友達なんかじゃない。 だから、俺と仲良くしたっていいことなんかひとつもない。 「えー、可愛い顔した男の子好きだなぁ」 「いやいや、そんないい顔してないよ」 俺は可愛いと言われるのが昔から大嫌いだから、早く俺の前からいなくなってくれと切に願う。 「洸希と連絡とりたいなら俺を通したらいいよ」 「えー?」 「洸希、あまり女の子慣れしてないし。慣れたら交換できるかもしれないよ?」 「まぁ、蒴がいればいいんだけどぉー」 ニコッと笑って頭を撫でればもうこの女子は蒴にイチコロ。 さっきまで俺のことを見ていたのにもう見ることはない。 この女子の視界にはもう蒴だけで、俺は映っていない。 これで男の子好きだとか本当だなんて思えるかよ。 もしもそれが本当なら天然人たらしというやつなのかもしれない。 いままで何もなく、平和に過ごしてきたというのに、俺を巻き込むのは勘弁して欲しい。 「ふぅ、やっといなくなった」 満足したのか友達のところに戻っていった女子にふうっとため息をつく蒴。 「お前のせいだろ」 「いーや、可愛い顔してる洸希が悪い」 「蒴が前髪縛るからだよ。縛らなきゃバレねーよ」 「ホントだ。あーあ、蒴の可愛い顔みたくて縛ったのに。他のやつには見せたくないからやめよう」 フワッと俺の前髪にふれて、ゴムをとる。 「なんだよ、それ」 そんなの独占欲からの発言のように聞こえてなんだかくすぐったい。 「安心してよ、あの子に次なんてないから」 「別にどうでもいいよ。興味ない」 「でもさっき、洸希が行くって言ったってあの子が行きたいって言ったからでしょ?」 「........っ」 あの子が蒴の家に行くとか行かないとか、そんなことは俺には関係がないはずなのに。 俺に関係があるのは、俺が今日蒴の家に行くってことだけ。 「ねー、嫌だったんでしょ?」 「別に」 たしかにあの子が蒴の家に行くのかもしれないって思ったら、気がついたら「行く」って言っていた。 あの子が蒴の家に行くことが嫌なんじゃなくて、あの子と蒴がそういう雰囲気になるのが嫌だった。 まさか自分が1度そういう風になったからと言って、自分以外として欲しくないなんてどうかしてる。 だいたい、相手は男だぞ!? 「今日は、ちゃーんとイかせてあげる」 「........っ」 この前は結局イかずに終わって、不完全燃焼だった。 でも、蒴と経験したことはあまりにも気持ちよくて、普段自分が1人でしている時とは全然違う快感だった。 きっとだからあの子じゃなくて俺として欲しいと思ってしまったのかもしれない。 蒴のことは相変わらず嫌いだけど、でもやっぱり人を惹き付ける魅力があると思う。 そうして俺も惹かれてしまっているんだから。 *** 「ちょ、まっ、蒴!」 家に着いて早々に玄関で俺を壁に押し付けてキスをしてくる。 「こんなとこで家族に見られたら困るだろ」 「いないから大丈夫」 「あ、そうなのか........仕事?」 乱れた呼吸を整えながらきく。 「いや、俺一人暮らしだから」 「あ、そうだったのか........」 一人暮らしとは言うけど、どぅみても家族が住むような普通のファミリータイプのマンションだ。 こんなところで毎日1人だと寂しいんじゃないかと心配になってしまう。 「俺さ、姉貴2人が親代わりなの」 「親代わり?」 「小学生の時に両親が事故で亡くなって。そんで、姉貴ふたりの色んなとこ見せられてきて、そのせいか女は無理なんだよね」 「........なるほど」 こういう話を人からあまり聞かされることがなくて、どんな顔をしたらいいのかが分からくなってしまう。 「だから男とは最初はならなかったけど、中学んときかな。自分の恋愛対象が男だって気づいたのは」 「へぇ........」 平然を装ってはいたけど、中学の時に好きだった男がいるって事実に胸が痛くなる。 男が好きだからって俺とこうしてはいるけど、男を好きになった原因というのがあるとは当然だし、誰にでも過去はある。 でも、俺はその過去に嫉妬してしまいそうだ。 ........俺はそんなんじゃないはずなのに。 「俺、うちの高校入んの結構ムリめだったんだよね」 「そうだったんだ」 「でも好きなやつがうちの高校入るって聞いて必死に勉強したんだよ。すげーだろ」 「へぇ........うちの高校ってこと?そいつ」 「うん、いるよ」 どこか懐かしそうに話す蒴のことがすごく嫌で、ここからいなくなりたくて仕方なかった。 こんな話、聞きたいわけじゃない。 「だったらこーいうこと、そいつとしろよ」 「うん、してる」 「はぁ?男って共通点だけだろ........腹立つ」 平気で嘘をつく蒴がムカついて、今度は蒴の肩を壁に押し付けて俺からキスをしてやった。 「........んっ」 ふたりの舌が絡み合う音、ふたりの吐息、甘い声。 このすべてが俺の頭をおかしく溶かしていく。 この感情が嫉妬というものだってことくらいわかっている。 ありえないはずだったのに、俺はあの時味わった快感を忘れられず、初恋というもの抱いてしまったようだ。 ........最悪だ。こんなつもりじゃなかったのに。 あの時、俺がこいつを騙そうとなんてしなければ、こんな感情抱かずに済んだのだろうか。 嫌いだったこいつへの恋心を有り得ないとずっと否定してきたのに、それでも何度も蒴へとたどり着いてしまう。 もう、認めないわけにはいかなそうだ。

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