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定期演奏会当日

とうとう本番当日になった。 緊張しながら家を後にする。外の空気は、夏の暑さのわりに、澄んでいて、心地がいい。今日は、現地の会場で集合予定だ。その会場は、自宅の最寄り駅から5駅のところで、この町では、一番大きなホールである。僕は、会場まで凛君と響君と行くことにした。駅近くの銅像の前で待っていると、凛君と響君がすぐに来た。 「おはよう!いよいよ今日だな!」 凛君が言う。 「おはよー!緊張するね、、、」 「大丈夫!きっとうまくいくよ!」 僕たち三人は、成功を信じて電車に乗り込んだ。あっという間に会場に着き、会場の前には、すでに多くの人がいた。今日の定期演奏会は、県のブラスバンド部が一斉に集まる毎年の恒例行事だ。この定期演奏会には、賞がある。確か、最優秀賞とかだったかな、、。僕たちのブラスバンド部はそんなに強いわけでもなく、過去には、全国まで行ったことがあるらしいけれど、僕たちの世代は、それほどという感じだった。僕自身も音楽を楽しめればそれでいいと思っていたし、空気的にも全国を目指すという感じではなかった。だから、初めから賞は狙っていない。 「みなさん。こちらです。」 姫城部長が誘導をしてくれる。 楽器の搬入を終え、控室に入り、個人個人で最後の練習をする。響君と鈴宮君が話しているのが見えた。 ―――――――――――――――――――― 「緊張しますね。」 「大丈夫。ここまでたくさん練習したんだから!」 「これが、先輩と吹く最後の演奏になるんですね、、」 悲しそうな顔をしている。 「そうだね。」 「寂しいです。」 鈴宮君は、僕をじっと見つめる。 「みんなの心に残るような演奏を全力でするよ。」 「はい。僕も精いっぱい頑張ります。」 いつもの明るさを取り戻したみたいで、ホッとした。 ――――――――――――――――――――――――― 僕たちは、最後の練習を終え、本番を待つ。 自分にとっての絆の意味を再度、確認した。 絆、みんなとの絆、そして、家族との絆。 事故に合い多くの人との絆を感じた。たくさんの絆に支えられ、僕は今ここにいる。奇跡的なつながりを意識して、この曲に思いを乗せよう。 「出番ですので、準備してください。」 係り員が控室へ来て、本番がとうとうやってくる。 最後に音田先生が、みんなに言う。 「みなさん、ここまで多くの練習をしてきましたね。【絆】には、ぜひそれぞれの思いを乗せて吹いてください。」 部長も続く。 「ワタクシたち三年生は、これで最後の演奏です。後悔の残らないように演奏しましょう。」 それぞれの思いを抱いて、本番へ臨む。 司会の人が、僕らの高校を呼び、曲目を述べている。 「最後の曲は、創作曲【絆】です。この曲は、一人一人の絆を伝えたいという思いで作曲されたそうです。それでは、お聞きください。」 説明をしている間に、僕らは壇上へ上がる。多くの人の視線を浴び、緊張は、最高潮になり、急に不安が襲う。 指揮者の音田先生が、緊張している僕らを見て、優しい笑顔を作り、口に手をやり、歯を出している。それを見て、僕は落ち着きを取り戻した。 大丈夫、できる! そう自分に言い聞かせた。 まず一曲目。順調にミスなく弾けた。そして、二曲、三曲と続き、残すは、【絆】だけとなる。大きく深呼吸をして、思いを乗せて、弾き始める。順調に進み、中盤に僕のソロパートが来る。 僕は、これまでの部活動の思い出を回想していた。 不安と期待を胸に入ったブラスバンド部。響君との出会い、凛君との出会い。卒業した先輩たち。そして、新しく入ってきた後輩たち。いつもそばで応援してくれていた家族。いろんな人との出会いを思い出し、その人たちの絆を感じた。みんなとの絆に感謝するように、自分のソロを弾く。 みんなに僕の思いが届くといいな、、、 僕のソロは、無事に終わり、凛君のソロへと移る。 ―――――――――――――――――――― 俺は、回想していた。 俺は、もともと野球部だった。たまたま、家族で行ったイベントで、小さな演奏会があり、弟の律がそこで吹かれていたフルートを気に入り、俺に吹いてとせがんだ。律は、もともと肺が弱く、楽器を吹くことはできなかった。それから律と楽器屋へ行って、試しにフルートを吹かせてもらった。俺の吹く姿を見た律がとても喜んで、その顔は、今でも忘れられない。それから転部してブラスバンド部に入りフルートを吹き始めた。転部するときに、かなり迷った。野球は、小さい頃からやっていて、好きだった。いつかの帰り道、俺は、勇にふと呟いた。 「野球部、辞めようかな、、」 「なんでだよ。」 「まぁ、いろいろあるんだよ、」 「いろいろってなんだよ!」 あまりに勇がしつこく聞いてくるから、答えた。 「ガキの頃からお前と野球やってるし、お前と野球やるのは、すげぇ、楽しい。けど、野球なら、部活じゃなくてもできるし、やりたくなったら、いつでも付き合うし。凛にとっては、律の方が、大事だろ!」 笑顔で勇が言った。 「そっか。そうだよな。はは、、、」 あの時、勇が俺を後押ししてくれなかったら、今、俺はここにはいない。勇がこの場所へつないでくれた絆。そして、律への絆。そして、俺を受け入れてくれたブラスバンド部のみんなとの絆。 「なぁ。律、見てろよ。お前が好きなフルートだぜ。」 ――――――――――― 凛君の音色がいつもより優しくて澄んでいた。 僕は、その音色に心を持っていかれそうになる。 次は、姫城部長のソロになった。 ――――――――――――― ワタクシは、思い出した。 前部長の月城先輩は、気迫があり、部員を引っ張れる人だった。月城先輩の元で、二年間演奏をしました。ホルンという難しい楽器を、月城先輩は、いつも繊細に弾き、ワタクシには、その繊細さがどうしても出すことができなかった。けれど、いつも丁寧に指導をしてくれたおかげで、少しずつ上達することができました。二年生になり、副部長を任命され、部員をまとめることができず、悩み苦しんでいた時に、 「お前ならできる!」そう力強く言ってくれた。あまりにも単純な言葉だったけれど、月城先輩に言われたことがワタクシにとって、とても大きなことでした。 「今日、絶対に見に行く」と言ってくれた。月城先輩がワタクシに勇気をくれたから、ここまでやって来れました。そして、今までワタクシについてきてくれた部員のみんなに心から感謝を込めて吹きます。 ―――――――――――― 部長の音が、いつも以上に繊細に聞こえる。その音が心の琴線に触れる。終盤に差し掛かり、響君のソロとなった。 ――――――――――― 僕は、過去を思い出した。 期待された音楽高校に落ち、音楽を辞めようとした。期待に応えられなかった自分を何度も何度も責めた。自暴自棄になり、家から近いという理由だけで今の高校に入った。創父さんは、何も言わなかった。学校生活は、灰色で、何をする気にもなれなかった。好きだったピアノを見ることさえ、嫌になる。部活見学があり、どこに入るかなど考えることすら興味がない。そんな日々の中、授業が終わり下校しようと思った時、遠くの音楽室から演奏が聴こえた。新入生を歓迎するために弾いているものだった。久々に聴いた音楽。近くで聴いてみたくなり、気が付いたら音楽室の前にいた。 「入らないんですか?」 そう言う、愁君の姿があった。愁君に促されるように音楽室へ一緒に入り、演奏を聴く。お世辞にも上手とは言えなかったけれど、みんな楽しそうだった。久しぶりに音楽の楽しさを感じる。 「すごいね。一緒に入ろうよ!!」 愁君は笑顔で言ったが、僕は、すぐに断った。一人で帰る途中、みんなの楽しそうな顔が頭を離れない。今までピアノは、自分との戦いがほとんどで、周りに合わして演奏することをあまり考えたことがなかった。 ブラスバンドか、、楽しいのかな、、 次の日、また帰ろうとした時、愁君に出会った。 「部活入らないの?まだ、入ってないなら一緒にブラスバンドに入ろうよ!!」 優しい笑顔で誘われる。 「ごめん。音楽は、興味ないから。」 僕は、素っ気なく返す。 「そっかぁ、、けど、昨日、演奏聴いている時、とても楽しそうな顔してたと思ったんだけどなぁ、、一緒に入ったら、もっと楽しいと思うけど、、」 「ごめん」 その場を立ち去った。僕が、楽しそうな顔をしていたなんて思わなかった。音楽室から音が聴こえてくる。その音を聴きながら、音楽というものを考えた。家に帰り、見るのも嫌だったピアノを弾く。たまらなくなり、その場で泣き崩れた。 翌日、気分を紛らわすために、図書館で本を読んでいると、遅めの下校となった。帰り道、また愁君と出会った。愁君は、ブラスバンド部に入ったと言い、中学からやっていると話す。何で、高校でもやるのかと聞いたら、 みんなで作る音楽は楽しいから。 ただ純粋に笑ってそう言った。絶対に楽しいよと言い、また僕を誘う。 「楽しくなかったら、責任とってね」 少しいじわるを言ってみた。 「大丈夫!絶対に楽しいから!」 変わらない優しい笑顔を向ける。そこまで言うなら、入ろうと思った。両親には、ブラスバンド部に入部したことを言わなかった。トランペットを吹くことになり、音楽の楽しさを日々感じた。愁君の言う通りで、みんなと奏でる音楽が、とても楽しくて、とても幸せだった。 三年間、本当に楽しかった。 最後の演奏会だけは、両親に来て欲しくて、琴父さんに、チラシを渡した。僕が、ブラスバンド部に入っていたことに驚いたみたいだけど、笑顔で「絶対に行くね。創さんにも伝えるから。」そう言ってくれた。 来てくれているのだろうか、、 僕を見てくれなくなった創父さん。親子の絆が壊れてしまった。もし音楽で繋がっていた絆なら、音楽を通して取り戻せないかな。そんな思いを込めて作曲した。昔のように戻りたい。壊れてしまった絆を取り戻したい。 どうか、創父さんにこの思いが届いて欲しい、、、 そして、音楽の楽しさを改めて教えてくれたみんなに感謝の気持ちを込めて。 ―――――――――――――――――― 響君の音が、過去に聴いたことがないぐらい優しい響きだった。けれど、どこまでも孤独で苦しく感じる。僕を見てほしいと叫んでいる音だ。響君の痛みが音を通して伝わり、痛いぐらいに心の中に染み込んでくる。僕は、演奏中なのに涙が頬を伝った。 先生を見ると、ニコッと笑って、満足したように深く頷いていた。ソロが終わり、全体合奏に切り変わる。音がみんなの思いを乗せて、会場全体に響き渡る。 今まで感じたことのない躍動感がそこにあった。 演奏が終わった。 終わると同時にスタンディングオベーションで会場全体に拍手の音が鳴り響く。僕は、泣いていた。音が僕の心に反響して、涙が止まらなかった。檀上を降り、舞台袖に行き、楽器を下ろし、響君を見た。そこには、泣いている響君がいた。僕は、居たたまれなくなり、抱きついた。凛君も僕たちに抱きつく。みんなで周りを気にせずに泣いてしまった。 こうして僕たちの演奏は終わった。

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