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5-6 棒倒し

午前最後の競技、三年生全員参加の棒倒しとなった。 多くの先生たちが所定の位置に着き、僕たちは、入場口で待つ。今まで入退場の音楽は、定番曲だったけれど、和太鼓部による生の和太鼓の演奏に変わった。 どんどん音が大きくなる。 それに伴い、みんなのテンションが上がっていくのがわかる。 「わぁー、緊張する。愁君、緊張しないの?」 優君がソワソワしている。 「してるよ。」 「えっー、冷静みたいだよ。」 確かに、周りの熱気とは違い、冷静だと感じる。 僕にとって、棒倒しよりも午後にある騎馬戦の方が大切だ。正直、棒倒しには、興味がない。 しばらくして、和太鼓の音とともに入場し、所定の位置に着いた。 ピストルの音が鳴った。 その音と同時に、棒を守る人、棒を倒しに行く人、それぞれに別れる。僕は、棒を守っていた。多くの人が棒を奪いに来る。上に飛び乗る人。それを、阻止する人。まさに乱戦そのものだった。 僕は、何度も何度も、踏まれながらも、必死に棒を守る。 守って、守って、また踏まれ、その繰り返し。ずっと、それを繰り返していた。 気がつくと、守っていた棒は倒れていた。 身体を見ると、腕や足の至るところに、擦り傷があり、血が出てるところがあった。なぜだかわからないけれど、痛みを感じない。痛みを感じないのに、立ち上がることができない。藤澤君が気づき、僕を起こしてくれる。 「大丈夫か?無理しすぎなんだよ、」 岡崎先生が駆け寄ってきた。 「大丈夫か?いったん、保健室へ行くぞ。」 「はい。」 僕は、保健室へ連れて行かれた。 「少し、捻ってるね。痛くないの?」 保健の先生が聞いてくる。 「はい、、、」 「本当に?」 首をかしげながら、僕をじっと見つめる。 「はい、、、、」 痛みを感じない。 何も感じないんだ。 「まだ、出場する種目はあるの?」 「騎馬戦が残っています。」 「この怪我の状況だと、出場は認められないかな、、」 その言葉に耳を疑った。 「嫌です!!」 自分でも驚くぐらい強い言葉を放つ。 保健の先生は、僕の気迫に驚いているようだった。 「お前、どうしてそんなに騎馬戦にこだわっているんだ?」 岡崎先生が話に入る。 「僕が、出ないと意味ないんです!絶対に出ないとダメなんです!」 岡崎先生を見て、力強く言った。 岡崎先生は、僕の目をじっと見つめ返し、しばらくして、保健の先生を見つめた。 「今まで騎馬戦の練習をこいつなりに一生懸命やってきたんで、認めてやってくれませんか。」 「ちょっと、岡崎先生。無責任なこと言われたら困ります。」 「責任は、俺がとります。こいつにも、無理はさせませんから、どうかお願いします。」 保健の先生は、しばらく考え込んだあと、 「まぁ、先生がそこまで言うなら、、決して無理は、させないでくださいね。」 僕は、黙ってその会話を聞きながら、自分のやるべきことを考えていた。 ここで、やめるわけにはいかない。 騎馬戦は、何があっても必ず出るんだ。 「ということだ、絶対、無理はするなよ。」 岡崎先生が僕の肩を叩いた。 「ありがとうございます。」 しばらくして、治療が終わった。保健室を出ると、そこには、響君と優君がいた。 「愁君、大丈夫?」 二人とも心配そうな目で僕を見つめる。 また、心配をかけてしまい、申し訳ないと思う。 「大丈夫、ちょっと、擦りむいただけだよ。」 二人を安心させるように笑った。 「無理してるんじゃない?」 響君がまだ心配している。 「無理なんかしてないよ。」 「自分の怪我よりも、そんなに騎馬戦が大切?」 響君が僕を真剣な目で見つめた。 「大切。」 僕は、静かに言った。 「わかった。じゃあ、お昼ご飯、しっかり食べないとね。」 やっと優しく微笑んでくれた。 こうして、僕らは、お昼ご飯を食べることにした。 「あっ、ごめん、先に行ってて、ちょっと忘れ物、すぐに追いつくから!」 そう言うと、響君はどこかへ行ってしまった。 僕と優君は、先へ行くことにした。 ――――――――――― (視点:響君) 保健室の近くに隠れていた武藤君に気づいた。 「聞こえてたよね?」 「ああ。」 「愁君にとって、騎馬戦に出ることは、自分の怪我よりも大切なものになっている。愁君は、愁君なりに武藤君の思いに応えようとしている。だから、武藤君も思いをぶつけなよ。」 武藤君は、何も言わず去って行った。 僕は一人願った。 どうか、愁君にとって、辛い結末になりませんように、 ―――――――――――― 「ごめん。」 響君が追いかけてきた。 「忘れ物あった?」 「あったよ。」 僕たち三人は、お昼ご飯を食べ始める。 とうとう、騎馬戦が始まろうとしていた。

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