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5-9 それぞれの思い
騎馬戦後、僕は保健室に直行していた。結果報告が、マイクを通して保健室にも聞こえてくる。騎馬戦で白組が勝ったことにより、体育祭は、白組の勝ちとなった。
勝敗を聞いて、勝ち負けをつけることに何の意味があるのかと感じる。
僕には、もうわからない。肉体的にも精神的にも疲れ果ててしまった。
「ひどい顔ですね。こんなに無茶をして、大けがにならなくてよかったです。」
保健の先生が心配してくれる。
「ごめんなさい。」
「少しだけ保健室で休んでいきなさい。」
ベッドに案内され、気づくと眠りについていた。
これは夢?藤澤君を守るために、僕が銃で武藤君を撃っている。武藤君の顔が、どこまでも優しかった。
はっと目を覚ます。顔は涙で濡れ、見上げると、藤澤君がいた。
藤澤君の顔が、痛々しく見える。
僕は、ゆっくりと痛む身体を起こした。
「起きて大丈夫か?」
「うん、、、、」
突然、抱きしめられた。ただ、何も言わずに抱きしめてくれる。
その胸が温かくて、目からまた涙が溢れてくる。
「僕は、、傷つけた、、何にもすることができなかった、、なんで、、、こんな、、、ことに、、、」
「もうすんだことだ。山口は、何も悪くない、、何も、悪くないんだ、」
どこまでも優しい言葉をかけてくれる。
その優しさに、僕は、甘えてしまう。
「むかしのように、、もど、、り、、たい、、けど、もう、、もどれ、、ない、、」
ずっと、黙って聞いてくれて、僕は、温かい胸の中で泣き続けた。
―――――――――――
(視点:武藤君)
閉会式での白組の勝利を聞いた。
俺は、片付けをしながら、騎馬戦の最後を考えていた。
あれがベストだった。
あれでよかったんだ。
騎馬戦中盤。
愁の目には、やっぱりあいつのことしかなかった。俺が、勝っても何も変わらない。それなら、せめて、愁を少しでも傷つけない方を選んだ。勢いで始めてしまった勝負を終わらすためにも。
玄が近づいてきて、話しかけた。
「勇。最後、手を抜きましたね。」
「気づいてたのか、、」
「わかりますよ。勇のことは。幸い、他の人にはわからなかったと思いますけど」
「そうか、、どうせ全部わかってんだろ?」
俺は、少しふてくされた。
初めから、玄には、何も言わなくてもわかると思っていた。こいつは、昔からそうだから。
「まぁ、なんとなくですけどね。」
「結局、愁は、あいつしか見えてないんだ。俺は、愁の中には、いない。」
玄は、黙って聞いている。
「あーあ。ついてねぇーな。」
玄は冷静な顔をして言った。
「私は、山口君の中に勇は、ちゃんといると思いますよ。それは恋愛感情ではないけれど、違った感情で勇のことを思っているんです。それは、この二週間を見ていて思いました。山口君、勇のために相当努力をしていましたよ。騎馬戦なんて山口君にとって、無縁の競技なのに、一生懸命に取り組んでいました。なぜだか、わかりますか?」
「わかんねぇ、、、、」
「山口君なりの勇に対する誠意ですよ。結末がどっちに転んでも、結果は変わらないけれど、それでも勇の思いに応えたかったんだと思いますよ。」
「なんだよ、それ、、、、、」
「はぁ、、まったく。少しは大人になりなさい。」
「うっせー。説教くせぇーんだよ、お前は。」
玄は、高らかに笑っている。それにつられて笑ってしまった。
玄が、自分の持ち場へ戻って行き、代わりに凜がやってきた。
「騎馬戦、よかったぜ!けど、惜しかった!あと、一歩だったな!」
「負けて悪かったな。」
「いいや、かっこよかったぞ。」
凛が笑っている。
「そっか。」
「失恋した顔だな。」
「はっ!?」
突然の言葉に驚く。
「どうせ、愁君をかけて、恭と戦ったんだろー」
ニヤニヤして、俺を見ている。
「なっ!」
凛まで気づいていたのか、
「勇、わかりやすいんだよ。」
「お前なー」
「で、踏ん切りはついたのか?」
「まだ無理かなー」
「見かけによらず、繊細だよな!」
「うっせー。余計なお世話だ!」
「さっさと、切り替えろよな!」
「お前みたいに、切り替えがうまくねぇーんだよ、俺は!!」
「そっか。そっか。」
凛が俺の顔をじっと見つめている。
「なんだよ!!」
「俺も空いてるからな」
「な!!お前、からかうのもいいかげんにしろよな!!!」
凛は、笑っていた。
少しだけ、前に進める気がした。
会ったら、愁に謝ろう。
前のような関係に戻れるかはわからないけれど、努力はしよう。
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(視点:藤澤君)
保健室を出ると、そこに武藤がいた。
「愁の様子は、どうだ、、?」
「今は、落ち着いてる、、、」
「そっか、、その、、、なん、、つーか、、悪かったな、、」
「いや、俺も、悪かった、、」
「愁のこと、頼むな」
「わかった。」
そう言うと、武藤は、どこかへ行った。しばらくして瞬と会った。
「愁くんの様子、どうだった?」
「今は、落ち着いた」
「そっかぁ、ならよかった。騎馬戦、おめでと!!ほんと、すごかったよ!!」
瞬は、いつもの笑顔をむける。
「ああ、」
「恭くんなら勝てると思っていたよ!」
「ああ、」
「もう、元気ないなぁ、もっと喜んだら?」
「喜んでるさ。」
急に真顔になった瞬が、遠くを見つめながら言った。
「愁くんのことが気になる?」
「まぁ、、」
「恭くんってさぁ、愁くんのこと好きなんだよね?」
「別に、そんなんじゃない、」
俺は、慌ててしまった。
「ふーん。そうなんだぁ。好きなんだと思ってた。」
それから、白組のたくさんの人が俺に声をかけられ、胴上げをされた。
俺を見る瞬は、いつもと違い元気のないように感じた。
―――――――――――
僕は、散々泣いて、泣き疲れていた。
藤澤君が出て行った後、片付けを終えた優君と響君が来てくれた。
「ひどい顔だけど、大丈夫?」
響君が心配している。
「うん、なんとかね、、、」
二人に今回の事をすべて説明した。
武藤君に告白されたこと、武藤君と藤澤君が騎馬戦で勝負することになったこと、僕と武藤君の仲にわだかまりができたこと、僕がどうしたらいいのかわからなくて苦しかったこと。いろんなことを二人に言った。二人は、何も言わずにただ聞いてくれた。
保健室を出て、下駄箱まで行くと、体操服を教室に忘れたことに気づいた。
「あっ、ごめん、体操服、教室だ!」
「もう、愁君何してるんだよー」
「僕らは下で待ってるから取りに行っておいで。」
「わかった。すぐだから、待っててね!!」
急いで教室へ戻り、扉を開けると、そこには、武藤君がいた。
僕に気づき目が合う。
その顔は、どこかまだ痛々しくて、胸が苦しくなる。
涙は、枯れたはずなのに、僕の目からまた涙が一つ落ちる。
武藤君が、近寄ってきた。
「悪かったな。ほんと、辛い思いさせちまったな。」
その言葉を聞くと、視界がぼやけて、涙が溢れて止まらない。
武藤君は、何も言わずにそっと抱きしめてくれる。
「、、武藤くん、、の、気持ち、、を、伝えて、くれて、ありがとう。けど、どうしても、、武藤君の気持ちには、、応えられない、、ご、め、、ん」
「わかってる。」
さらに涙が溢れる。
「もし、、もし、嫌じゃ、、ないなら、、友達で、、いて、、ほしい」
「当たり前だろ!」
いつもの元気のいい声で答えてくれた。
「うん、、、あり、、、が、、と、、、う、、」
僕は、武藤君の胸の中で泣き続けた。
ただただ武藤君の優しさに救われた。
しばらくして、二人が待つ場所へと向かった。
「おそーい。」
優君が少しだけ怒っている。
「ごめーんって!!」
「さ、行こう!!」
僕たち三人は、歩き出した。
こうして、切なさを乗せた体育祭が終わりを告げた。
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(視点:武藤君)
愁が出ていった後、玄と凛がすぐに教室に入ってきた。
「あーあ、完全に振られちゃったな!」
「かっこよかったですよ!」
「お前ら、いつから、そこにいたんだよ!!」
「初めから」
二人がニンマリしながら言う。
「ったく、、」
「あれ?勇君、泣いているんですか?」
凛がちゃかしてくる。
「こういう日ぐらい泣いてもいいんですよ。」
玄が俺の肩を叩く。
「うっせー、、泣いてなん、、か、、、」
俺は、不覚にも泣いてしまった。今まで我慢していたものが溢れてきた。
二人は、黙ってそばにいてくれた。
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