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最終章:願いの木 9-1 大学生活
季節は、春となった。
辺りには、桜が満開に咲いている。近くの河川敷も知っている道もそして、あの公園にも春が訪れていた。
僕は、卒業式の帰り道以来、何かを失った気がしていた。
それが、何なのか僕には、わからない。
何度考えても答えは、出ないままだ。
鬱積した気持ちを抱えながら、大学生になった。
今日は、入学式。
ここには、もう知っている人はいない。
心細いけれど、新しい人に出会えることを期待している自分もいた。
入学式が終わり、会場を出ると、サークル勧誘が行われていた。
サークルか、、、
入った方がいいのかな、、、
もし入るなら何がいいんだろう、、
僕は、勧誘している光景をぼんやりと眺めていた。
「君、歌うの好き?」
「合唱サークルだけど、一緒に歌わない?」
突然誘われた。
「えっと、、僕は、、、」
どこからか声が聞こえてくる。
優しい声で、僕を思ってくれている声。
(もう一度、愁の歌声が聞きたい、、)
誰だろう、、、
けど、歌か、、、
歌は好きだし、新しいことに挑戦してみよう!
よし!歌おう!
「入ります!」
「本当に!?やった!!!」
「ありがと!!!」
僕は、混声合唱団に入ることにした。
それから、リンクを交換して、新入生歓迎会をしてもらった。そのサークルを通して、同級生と仲良くなることができた。
こうして、僕の大学生活は、順調に滑り出し始めた。
僕は、自分のやりたいことを見つけるために、全力で取り組んでいた。例えば、興味がわいたものは、頻繁に図書館に行って調べるようにしたし、授業も取れるものは全て取った。サークルの練習も真剣に取り組んだし、カフェでアルバイトも始めた。
これからは、積極的にいろいろなことに挑戦してみようと思うんだ。
なぜ、こんなに積極的に取り組もうとしているかは、自分でもわからない。
とにかく今、目の前にあることを全力で頑張ってみた。
気づくと、春学期は終わり、高校生とは違う長期の夏休みに入った。夏休みは、サークルの定期演奏会の練習に取り組んだり、新しくできた友達と遊びに行ったり、図書館で勉強したり、アルバイトに励んだりして忙しく毎日を送っていた。
そんな時、グループリンク(海メン)が点滅した。
大学になった当初は、みんなで近況を話あっていたけど、最近は、ほとんど話さなくなっていた。
懐かしいな、、
みんな元気かな、、
凛ちゃんからの誘いだった。
(凛ちゃん)また、海に行きたい人?
もうあれから1年経ったんだ、、、
(武藤君)行く!
(東条君)行く行く!!(笑顔)
(優ちゃん)行きたい(笑顔)
(重岡君)私も行きたいです。
みんなに、会いたい!
(僕)行きたい!(笑顔)
(響君)行きたい(音符)
(藤澤君)行く(サッカー)
(凜ちゃん)じゃあ、今年もみんなで行こう!
日程、待ち合わせ場所、持ち物を決めた。
僕らは、また、あの海に行くことになった。
藤澤君に会える。
そう思うと、心が高鳴るのがわかる。
僕は、まだ藤澤君を好きなままだった。
大学に入って、何度も忘れようとしたけど、忘れることは、できなかった。考えれば考えるほど、藤澤君を思ってしまう。
もう高校生みたいに毎日、会えるわけでもないのに、、
それでも、好きだった。
しばらくして、海旅行の日がきた。
響君と優ちゃんといつもの待ち合わせ場所で、会う約束をしている。
僕は、花火を持参して、少し前に着いた。
まだ、みんなは来ていないみたいだ。
ちょっと、早かったかな、、
しばらくして、響君がやって来た。
「久しぶり!元気?」
響君の顔を見ると、自然と思い出す。
卒業式の帰り道、訳もわからず、泣き出したこと。
三月中ずっと僕を心配してくれたこと。
「久しぶり!元気だよ!あの時は、心配かけてごめんね!」
「元気ならよかったー大学はどう?」
「新しい友達もできて、順調だよ!」
「そっか!愁君、なんか変わったね!」
「そうかな?」
「なんて言うか、生き生きしてるって言うかー」
いろんなことに挑戦しているからかな、、
「そんなことないよー」
「響君は、どう?」
「僕も順調だよ!いつも刺激を受けてるって感じかな!」
「よかった!順調で!」
「ごめーん、待った?」
優ちゃんが、白いワンピース姿で帽子を手で押さえながら、走ってきた。
なんだか、可愛さが増した気がする。
「ううん、今来たところ!元気だった?」
「うん!あれ?なんか愁君、変わった?」
「そうかなー今さっき響君にも言われたよー」
「明るくなったって言うかーあっ、もともと暗いとかじゃないからね!」
優ちゃんは、いつもの笑顔だ。
「わかってるよー」
確かに、僕は、昔より明るくなったのかもしれない、
それは、なぜだかわからない、、
「じゃあ、行こうか! 」
僕らは、電車に乗った。
そして、去年と同じように三人並んで座り、外の車窓を眺める。
「優ちゃんは、大学どう?」
僕は、優ちゃんに尋ねた。
「みんな、絵が本当にうまいんだよ!ビックリしちゃった!」
「美大だもんね。けど、優ちゃんも僕から見たらすごい上手だけどね!」
「愁君は、大学どう?」
「順調だよ!サークルで混声合唱団に入ったんだー」
「愁君は、歌がうまいからいいよね!」
優ちゃんと響君が褒めてくれる。
「また、文化祭みたいに歌ってよ!」
「えー、恥ずかしいよぉ、、」
「そういえば、あの歌って、響君が作曲したんだよね?」
優ちゃんが響君に尋ねる。
「そうだよー愁君の歌詞からイメージして作ったんだ。」
「すごいね!ほんと!」
「そんなことないよ。愁君の歌詞の方が、思いが詰まってて、よかったよ!」
響君は、ニコヤカな笑顔で僕にむける。
「愁君の書いた詩の相手は、幸せだねー」
優ちゃんが笑顔で僕の方を見た。
「そうだといいな、、」
僕は、流れ行く景色を見ながら、藤澤君を思った。
あの時、藤澤君へ歌った。
告白はできないから、せめて歌で思いを伝えたかった、、
叶わない恋だと、わかっていたのにね、、、
「相手のこと、聞いちゃダメ?」
優ちゃんがニコッとして聞いた。
響君も優しく微笑んでいる。
もしかして、この二人は、僕が藤澤君のことを好きだということを知っているのかな、、、
二人なら、カミングアウトをしても大丈夫かな、、
同性を好きになった僕を受け入れてくれるかな、、、
そんな事を考えていたら、ちょうど、海が見えたきた。
「あっ、海だ!」
僕は、笑ってごまかし、話題を海にそらした。
三人で広がる海を見る。
その海の景色は、何も変わらず、去年と同じままだ。
海の話をしていると、あっという間に着いた。
改札を降りると、そこには凜ちゃんが待っていた。
「久しぶり!!」
凜ちゃんが元気よく駆け寄ってくる。
「久しぶり!」
「元気だった?」
「元気!凜ちゃんは?」
「元気元気!話はあとでじっくりしよ!待ち合わせは、去年と同じ場所だから!あとは、瞬君と恭だけだから、先に行ってて!」
待ち合わせ場所に行くと、武藤君と重岡君がいた。
「久しぶり!」
僕らは、二人に言うと、いきなり、武藤君が肩を組んでくる。
「元気だったか?」
「元気だよ。武藤君は、相変わらず元気そうだねー」
前よりも力が強いような、、
「見てみろよ?こんなに、筋肉ついたんだぜ!」
盛り上がった腕の筋肉を見せてくる。
「すごーい!」
「スポーツトレーナーに今でも慣れそうだね!」
「まだ、頭が追いつかないけどな!」
武藤君は、盛大に笑っている。
重岡君も変わらず、優ちゃんと仲睦まじく話していた。
まだ、うまくいっているみたいでよかった。
そういえば、去年の海で二人は付き合うようになったんだよね、、、
去年のことなのに、つい昨日のことのように思い出した。
「おーい!!みんな!!」
東条君が向こうから手を振っている。
その横には、藤澤君がいた。
藤澤君の腕には、ミサンガが光っていた。
そのミサンガは、僕が、プロになったお祝いで藤澤君にプレゼントしたものだとすぐにわかった。手作りだけど、気持ち悪がられたらいやだと思って、既製品に近いぐらい何度も何度も作り直して渡したものだ。
つけてくれてたんだ、、
突然涙が出そうになる。
なぜか胸が締め付けられる。
みんなで近況を話し合ってると、
「藤澤!お前、すげぇーよな!」
武藤君は、最近の藤澤君の活躍のことを話題にした。
藤澤君の活躍を、よくネットで見かけていた。
「別に、それほどでもない。」
その答え方は、昔から変わらない藤澤君のままだ。
「恭くんなら、代表選手になれるよ!」
東条君が無邪気な笑顔で言った。
代表か、、すごいな、、、
その話を聞きながら、なぜか涙が落ちる。
こんなところで泣いてると、まずいと思い、すぐに涙をぬぐった。
「大丈夫?」
響君がこっそり話かけてきた。
「大丈夫、ちょっと、目にゴミが入ったみたい。」
僕は、適当にごまかした。
「無理しないでね。」
「ありがとう。」
しばらくして、凜ちゃんの叔父さんが去年の車で迎えに来た。そして、僕らは、別荘へ向かう。
別荘に着くと、そこは何一つ変わっていなかった。
すぐに、僕らは、水着に着替え、海で楽しく泳いだ。
その後は、バーベキューをして、最後に花火を始めた。
僕と優ちゃんは、二人で少し離れたところで、線香花火をすることにした。
「綺麗だね、、、」
ふと遠くで花火をしている藤澤君の顔を見てしまう。
その顔は、昔から好きだった時のままで、本当にかっこいい。
「文化祭の時の歌って、藤澤君に歌ったんだよね?」
ふと、優ちゃんが線香花火を見つめながら静かに言った。
やっぱり、知ってたんだ、、
「ごめんね。ウチがもっと早く気づいていたら、相談に乗れたのにね、」
その言葉を聞いて、一粒の涙が落ちた。
今まで、誰にもカミングアウトをしたことなかった。
誰もわかってくれるはずないと、どこかで思っていた。
けれど、わかってくれる人がいた、、
ただ、それだけで、嬉しかった、、、
涙が溢れ出し、止まらなくなる。
優ちゃんは、何も言わず、僕の背中をさすってくれた。
落ち着きを取り戻した頃には、線香花火が、はかなく消えていた。
しばらくして、凜ちゃんと響君がやって来た。
「この花火もやる?」
凛ちゃんが手に持っていたのは、吹き出し花火だ。
「そうだね、やろう!」
僕は、笑顔で言った。
そこに、武藤君と重岡君と藤澤君と東条君も来て、みんなで花火を楽しむ。
大きく、空高くまで上がる花火。
どこまでも高く高く飛んでいけるように感じる。
その花火を見つめながら、優ちゃんに言った。
「僕の気持ちに気づいても、友達のままでいてくれて、ありがとう。」
「ううん。ウチこそ友達になってくれてありがとう」
また、僕の目から一筋の涙が流れた。
そして、花火は消えた。
翌日。
海が見える場所で藤澤君が一人で椅子に座っていた。
僕は、静かにその横に座った。
「綺麗だね。」
「あぁ」
「サッカーは、順調?」
「順調だな。このおかげかもな!」
腕につけてあるミサンガを見せてくれる。
「そっかぁ、よかった、、」
涙が出そうになる、、
どうしよう、、
こんなところで泣いたらダメだ、、
「山口は、大学どう?」
「う、、ん、、順調だよ、、サークルで混声合唱団に入ったんだ、、」
涙を隠すためになるべく笑いながら言った。
「そっかぁ。山口は、歌うまいもんなー文化祭、思い出すなー」
どうしよう、涙が溢れそう、、
僕の歌、少しは、届いていたんだ、、、
「あは、、は、、、」
なんとか笑ってごまかす。
しばらく、海を二人で眺めていた。
去年と変わらない海は、綺麗なままだ。
この時間が、止まればいいのにと思う。
もっと、藤澤君といたいな、、
幸せな時間も終わり、みんなと別れる時間となった。
「サッカー頑張ってね!ずっと応援してるから!」
「おう!」
藤澤君が少しだけ笑ってくれた気がする。
その笑った顔が、どこか懐かしくて、胸が締め付けられる。
もう会えなくなるかもしれないんだ、、、
告白、、したいな、、、、
けど、告白しても、困るだけだよね、、、
去り行く藤澤君を見つめながら思った。
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