3 / 6

第3話

 瀬戸の家の風呂は大きかった。  瀬戸の家の住人はみんな図体がでかいんだろうか。浴室は足を伸ばしてもまだ余りがある程度に大きくって、お湯も温かくて、端的に言ってしまえば最高に気持ちが良かった。  瀬戸に対してあまり遠慮を知らない俺は、瀬戸に言われた通り、それはもう充分に時間をかけて風呂に入った。いつもは洗うのを面倒がってしまうような足の指の間まで洗った。へその中も洗ってみた。他人の家で垢を落すのはどことなく抵抗があるけれど、俺の後に入るのはどうせ瀬戸だし構わないだろう。  瀬戸に買ってもらったタオルで身体を拭きあげて、瀬戸に買ってもらった下着を身に付けて、瀬戸のジャージを着た。当然だがデカかった。何となく瀬戸の匂いがしてちょっと落ち着かない。  風呂場を出てリビングに戻ると、長年嗅いだことも無いような良い匂いがしている。キッチンを覗けば瀬戸が皿をガチャガチャ言わせて戸棚から出しているところだった。俺の姿に気づいた瀬戸が、「お〜」なんて間延びした声を上げて、長い指先の上に皿を二枚載せてリビングの方にやって来る。 「光希マジでゆっくり入ってくるのウケんね。遠慮ね〜。そういうとこ好きよ。手伝って」 「いいお湯だった。ありがとう」 「そりゃ〜良かった。手伝って」 「飯できた?」 「できてるよ、もうバッチリ。手伝って」 「箸持ってく」 「うん……もういいや……」  瀬戸は苦笑して、鍋の中を掻き混ぜた。瀬戸の背がデカいせいで、後ろから眺めてみてもいまいちよく見えない。 「その茶色いやつ何」 「ビーフストロガノフ」 「なんその呪文」 「光希が食ったことの無いくらいうま〜い飯だよ」 「へえ、楽しみ。腹減った」 「箸だけじゃ無くてスプーン持ってって。はいこれね」 「バッチリ運ぶ」 「えらいえらい」  瀬戸が笑って、俺の後ろをついてくる。デカい皿を二つ持って。あの昼間の艶々白米の上に乗っかった茶色いビーフなんたらがいい匂いの犯人らしい。 「光希っていつも家で何食ってんの」 「ポテチ」 「マジで早逝するって」 「別に困らん」 「お前ねえ……」  瀬戸はくしゃりと眉を寄せて、ちょっと口元を歪めた。不服な意見を持っている時の瀬戸の癖だった。 「なん」 「光希のそういうとこ、俺きらいよ」 「へえ、嬉しくない」 「好きでいて欲しいならもっと自分大切にしなね」 「そう言うんと違う。要らん」 「ホント可愛くないね」 「そういうんも要らん」 「はぁいはい」  瀬戸が俺の背中を足先でつついた。 「行儀悪いことしないで」 「行儀悪い人間性直してから言いんさい」  瀬戸は口が立つからこういう時、決まって俺は負ける。面白くない。 「気が立ってる? 腹減ってっからそうなんだよ。毎日健康に悪そうなコンビニ飯しか食えんならもう俺が作ってきてやるのに」 「男から飯作られるなんて情けないだろ」 「満足できる飯を食えん方が情けないわ」  はい座って。  瀬戸に促されてリビングの椅子に座らされる。手に握っていた銀製のスプーンも取り上げられた。俺の熱を孕んでちょっと熱くなったそれを、瀬戸はどこか嬉しそうにテーブルへ並べる。 「家で親以外と飯食うなんて久々。ちょっと気分上がるよね〜」 「そんなもんか。俺は家で誰と食っても変わらん」 「それは家が嫌いだからでしょ」 「別に嫌いではない」 「嫌いじゃないなら弟の事もっと認知してやりなよ」 「それはヤダ」  瀬戸は俺の言葉に、ふうん、とまた言葉になりきれていない声を上げて、それからはあ、とため息をついた。 「ま、別に俺は良いけどね。お前の家族関係は関係ないし。光希が居るならそれで満足」 「お前も人のこと言えないくらい行儀悪い」 「光希の行儀悪さが伝染ったんじゃない」  瀬戸は困ったように笑う。くしゃくしゃな顔が可愛いのはちょっと腹が立つ。 「やっぱさ〜兄ちゃんから無視されんのはきついでしょ。血とか繋がってんなら尚更ね。知らんけど」  瀬戸の言葉はぐさぐさ刺さるから、真っ向から正論を吐かれるのは、一年半前から苦手だった。  瀬戸は優しい正論しか吐かないから。

ともだちにシェアしよう!