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第2話

 俺は一体、何をしているんだ。頭を抱えながら、スマホでヘビの交尾について調べていた。  夜のお世話をするにあたって、お風呂を借ります、覗かないでください、となんかそれっぽい普通のことを言って風呂に行ってしまったヘビをよそに、俺はいそいそと布団を敷いて待っている。チョロ過ぎる。流石にチョロすぎると、俺も思う。  でも待ってほしい。俺は何処にでもいる普通の男だと言ったが、実はそうでもないことがある。それは、俺のナニが、ちょっと、その、デカいんだ。女の子が引いて逃げ出すぐらいには。  おかげでこの歳でまだ、恋人との経験が無い。たまに根気強い子がいても舐めてくれるだけで終わったし、悪いことには俺はその、なんだ、遅いんだ。そらもう嫌がられて結局、そういう商売の女の子ともあまりない。  早い話が、俺はいい歳の大人なのに、チャンスが有れば飛びつくほどには溜まっていたのだ。死にたい。  しかしヘビとのセックス、しかも男同士ってどうなるんだ。不安に思って検索を始めたのが間違いだった。ヘビのナニは二本有るとか、トゲが生えてるとか、23時間やるとか、ご親切に動画まで出てきて寒気がした。なんなの、二本有るって。二本もいるか? 一本でもいいだろ別に。  しかしヘビといえばよく伸びる。卵を丸呑みしたりするじゃないか。アイツなら、俺の息子も呑み込んでくれるかも……? そんなことを考えると、気持ち悪いんだか興奮してるんだか、自分が最低の変態野郎なのか分からなくなってきた。まあ普通の人間はヘビとセックスしないし、たぶん、「あの時助けて頂いたヘビです」って言う奴が来たら、それこそ110番すると思う。  そんなことを考えていると。 「もし……」 「ひゃいい!」  突然近くから声がしたものだから、俺は奇声を上げて飛び上がった。いつの間にか、着物姿の白ヘビがそばにちょこんと正座している。 「お待たせ致しました。お世話、させて頂きたく……」 「あっ、ハイ、あっ、えっと、はい、どうぞ……」  させて頂きたく、と言われても、どうしたらいいのかわからない。俺は童貞みたいにかしこまってしまった。何しろヘビだと言われなければ、そいつは本当にこの世のものとは思えないくらいの美人で、おまけになんだかしらないが、たまらなく色っぽく見えたのだ。それもこいつの化かす力なのかもしれないけど。 「どちらでもできるように、準備はしてきました」 「ん?」 「どちらになさいますか?」 「どちらって、何が?」  何を聞かれてるのかわからないから聞いてみた。ヘビは無表情で「オスと、メスです」と答えて、俺はしばらくしてから「は?!」と大声を出した。 「何?! そもそも恩返しに来てるのに、俺にぶち込むほうになることも考えてたわけ?!」 「人間にも色々有ると聞いておりますので、念のため……」 「ないないない、ヘビにケツ掘られる趣味とかない! ない!」  俺は二本のアレのことや、トゲトゲ血塗れ交尾のことを思い出しかけて、めちゃくちゃ首を振った。それになんかヘビに挿れられるっていうフレーズがもう無理だ。頭からぐいぐいぬるぬる何処までも入ってきそう。そんなもんは胃カメラだけで結構だ。ヘビは「わかりました」とあっさり頷いて、「では御奉仕させて頂きますので、仰向けに……」と頭を下げた。  う、うん。俺は言うとおりに布団の上で仰向けになる。ヘビはしゅるしゅると長い髪を垂れさせながら、おもむろに俺の股間へと手を伸ばした。いきなりそういうことするのか、ムード無いなと思ったけど、ヘビにムードとか求めても仕方ない。早く終わらせて縁を切ったほうがいいに決まってる。  ところがヘビがモタモタと服の脱がし方に困っていたものだから、「あの、ヘビさん、あの」と俺は声をかけざるをえなかった。 「あの、脱ぐ、脱ぐから」 「ああ、はい、申し訳有りません。初めてなもので……」 「は、初めて?! お前、処女なのか?!」  ヘビのオスに処女って言い方もおかしい。俺もだいぶ混乱してきている。俺は服を脱ぎながら「大丈夫なのかよ、やり方わかってるのか?」と聞いたが、ヘビは「交接の仕方はわかります。ただ人間相手は初めてですが、ご心配には及びません」と言っている。ほんまか? と思った。 「あのさ……その、あー、俺、実はその、問題があって……」 「はい」 「あーんーその、まあ、見たらわかると思うんだけどさ……」  そーっと下着を下ろして、モノを見せる。まだ全く力を持っていなくてもそれは結構なでかさだと自分でも思う。ぼろん、って感じで出てきたそれを見て、ヘビの表情が一瞬変わったが、しばらくして「はい」と頷いた。 「や、はい、じゃなくて、その……これ、大丈夫だと思う?」  女でさえ根を上げるこのブツを、果たして尻なんかで受け入れられるのか。恐る恐る聞きながら、俺は自分で「なんでヘビなんかの心配してんだよ」と思った。が、ヘビはマイペースに「はい」と即答した。 「私の肉体は、仮初のものですし、大丈夫です」  そんなもんかなあ。俺は不安になりながら、ヘビのことを呼ぼうとして困った。することをする以上、お前やヘビではなんとなく呼び難い。 「お前、名前は?」 「名前?」 「俺は神田コウだけど。お前の名前」  ヘビは「神田様」となんか恭しく呼んだ後で、「私に名前は有りません」と首を振った。 「無いのかあ」 「我々には必要有りませんから」  ヘビ同士のコミュニティなんて知らないから、どうやってるのかわからないし分かりたくもないが、一晩寝る相手の名前が無いのは不便だ。名前が無いなら特にこだわりもないだろう。 「じゃあ、名前、今夜だけつけてもいい?」 「はい、神田様が望まれるなら」 「んー、……そうだなあ……んー……」  俺はヘビをまじまじと見る。色白の美しい顔、銀とも白とも思える長くてさらさらした髪、幽霊が着ているみたいな白い着物。うーん。 「シロ?」  言ってから、犬かよ、と思った。でもヘビの一般的なペットの名前なんて俺は知らない。 「シロ」  それが私の名前ですか。ヘビはまったく気にした様子もなくそう返す。だから俺も、「そう。お前は、シロ」と頷いた。 「はい、神田様」  シロ、と名付けたヘビは、僅かに微笑みを浮かべた。その表情はあどけなくて、俺は不覚にも、少し胸が高鳴った。

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