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第弐話・苦痛と深い悲しみと。(一)

 空が白じむ。夜が明ける寒空の下。ほぅ、と息を吐き出せば白い息が空気中に広がり、消えていく……。  ひんやりとした空気は大瑠璃(おおるり)を包み込み、木枯らしが吹き抜けていく。  ――時刻は午前七時。大瑠璃はお客を見送るため、この遊郭が立ち並ぶ街でただひとつしかない、たった今開かれたばかりの大門にいた。  そんな大瑠璃の懐には、前を歩くお客から渡された御勤(おつと)めとは別に、美しい装飾が施された平打簪(ひらうちかんざし)やべっこうの(くし)が入っていた。 「山本様、次はいつおいでになられますか? お別れが寂しい」  思ってもいない上っ面な言葉でお客を引き止めるのもまた、娼妓の役目である。  大瑠璃は内心、毎度毎度繰り返さなければならない白々しい科白にうんざりしていた。  それでも白々しい科白を口にしなければ生きていけない。所詮、どんなに意地を張っても同じ。身分の低い自分はお客に媚びを売らなければ生き抜くこともできないのだ。  大瑠璃はふつふつと込み上げてくる悲しみや怒りの感情から目を逸らし、お客に身を寄せた。 「そうか、そうか。寂しいか。時期に年の瀬だ。わしの店も忙しくなる。少しの間は会えないんだよ。どれ、文の一つでも寄越すようにしよう」  山本は我が物顔で腕を伸ばし、華奢なその肩を引き寄せた。続いて後ろの双丘を撫でる。  大瑠璃が着ている長襦袢が薄いとはいえ布越だ。それでもこのお客の張りつくような、じっとりとした肌が感じられるのは、今の今まで抱かれ続けていたせいだ。  大瑠璃は目をつむり、撫で回される手の感触に耐える。

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