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第弐話・苦痛と深い悲しみと。(四)

 そんなだから、金糸雀は大瑠璃に関わるほとんどのことを知っているし、大瑠璃もまた、金糸雀のほとんどを知っていた。 「――別に、普通だろ。あんなの」  金糸雀の茶化すような物言いに、大瑠璃は特に気に止めることもなく返事を返した。 「それで? お前はまた、お客からたんまりと御勤めをせしめたと――」  悪びれもしない大瑠璃を、金糸雀は咎めるような口調で言った。  だが彼も同業者だ。お客から金子を頂いているのには変わりはない。大瑠璃を咎めることはできない。――とはいえ、彼は大瑠璃ほどぶしつけには、『あれが欲しい』『これが欲しい』などと口にしていないのはたしかである。 「別にせしめてない。ちょっと欲しいって言ったら勝手に買ってくるんだ。仕方ないだろう?」  ――お客から必要以上に金子を奪い取るのは娼妓の名誉にかかわる。  金糸雀から指摘された事実に若干言葉を詰まらせた大瑠璃は、それでもけっして自分の行為を悪行ではないと自分に言い聞かせる。  そんな大瑠璃に業を煮やした金糸雀は、大袈裟に首を横に振った。 「いい加減、そういうことをやめないと、今に痛い目を見るぞ?」  金糸雀の言葉は大瑠璃の胸を深くえぐった。  金糸雀の言葉で過去に起きた悲しい出来事が蘇る。  しかしあれはもう終わったことだ。今さら胸を痛める必要もない。  大瑠璃は小さく頭を振った。 (……痛い目なら……) 「地獄ならもう見たさ……」  身を引き裂かれるような苦痛も、深い悲しみも――。  地獄ならとうの昔に見た。  大瑠璃は誰に言うでもなくぽつりとそう呟くと踵を返し、足早にその場を後にした。  《第弐話・苦痛と深い悲しみと。・完》

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