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第参話・娼妓。(一)

 金糸雀と別れ、大瑠璃が向かった先は自分の持ち部屋ではない。浴室だ。  とにかく、お客に抱かれた身体が気持ち悪くてどうにも気が滅入るのだ。  立派な門構えをくぐり抜け、花街に戻った大瑠璃は大小様々の、いくつもある座敷を囲む長い縁側を突っ切って離れに出た。  そこにあるのはひと棟の大きな入浴場だ。 木戸を引いて中へと入れば、敷居で仕切られた小部屋がある。棚には娼妓がいつでも浴場を利用できるようにと長襦袢が一式揃えられていた。娼妓たちは皆、ここで身体を清めることができるのだ。  大瑠璃は着ていた着物を乱暴に脱ぎ捨てると曇り硝子を開けた。  目の前には二十人は入れる大きな湯ぶねがある。  本来なら娼妓たちで賑わうこの場所は、けれども今は早朝ということもあり、大瑠璃ただ一人しかいない。  それというのも、今はお客の見送りを終えた彼らにとって、ひと眠りできる貴重な時間だからだ。この機会を逃せば、自分たちに眠る時間はない。  遊郭は傍から見れば華やかでのんびりしているように見えがちだが、実際はかなりの重労働を強いられている。娼妓たちは皆、身を粉にして一日中お客を取らねばならないのだ。  けれど今の大瑠璃は睡眠どころではない。とにかくねっとりとしたこの感触を取り除きたい。  大瑠璃は手ぬぐいを水に浸すと身体の(けが)れをそぎ落とすようにして強く皮膚に擦りつけた。  目を閉ざせば下卑た笑みを浮かべるお客たちの姿が瞼の裏に現れる。

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