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第参話・娼妓。(四)

 やはりあの男の差し金だった。  花鶏の小振りな口から飛び出した人物を聞いた瞬間、大瑠璃は深いため息をついた。  楼主はこの花街の主人だ。彼こそが花街の経営者である。その彼が禿を使ってまで大瑠璃を呼び出した目的はただひとつ――。  今夜、大瑠璃が取るお客についてだ。そして彼の呼び出しは決まって厄介事と決まっている。  自分はまた、面倒事を押し付けられるに違いない。  やれやれと首を振る大瑠璃の隣では、心配そうに見つめてくる花鶏の姿があった。普段から垂れ下がっている彼の細い眉尻がいっそう垂れている。  他人のことなのに、まるで自分の身に降りかかったことのように心配する花鶏は心優しい子だ。  大瑠璃は花鶏に大丈夫だと言う代わりに苦笑を漏らした。  本当に花鶏は可愛い。彼が自分と同じ末路を辿らないよう、穢れぬよう世話をしてやらねばと大瑠璃はそっと決意する。 「お前が気にすることじゃない。食事の途中だっただろう? 悪かったな、すぐに向かうよ」  大瑠璃は今ではすっかり慣れた手付きで長襦袢に袖を通し、浅葱色(あさぎいろ)伊達締(だてじ)めを腰に巻くと、「大丈夫だよ」ともう一度声をかけ、今も尚心配そうな表情を寄越す花鶏の頭をひと撫でした。  楼主に会うための身支度を整えるのに自室へ戻った大瑠地は、一度花鶏と別れた。  二階にある大瑠璃の自室は六畳一間の間取りだ。部屋には箪笥や文机が置いている。  箪笥に掛けている衣紋掛けから葡萄酒色(ぶどうしゅいろ)の下地に雨縞模様(あめじまもよう)が施されている着物を抜き取り、袖を通した。

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