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第参話・娼妓。(五)

 大瑠璃は主人を待たせているにもかかわらず、ゆったりとした足取りで一階にある最奥の部屋へと向かった。  大瑠璃がこうして悠長(ゆうちょう)に構えていられるのも、すべてはこの花街という郭が人気だからだ。  当然、他の郭ではこんなに融通はきかない。娼妓たちは寝る暇さえも与えられず朝から晩まで働き詰めだろうし、金の羽振りだってあまり(かんば)しくはない。この郭では大瑠璃たち娼妓はかなり優遇されていた。  そういうこともあり、この花街は吉原にあるどの遊郭よりもいっそう拡大化していた。  ――花街は広い。一階はお客を招く個室や割り部屋があり、二階は娼妓が日常を過ごすための部屋が割り当てられ、そのうち二間は禿たち数人が共同で暮らしている。  そして花街には特別な部屋がある。縁側に沿って真っ直ぐ進んでいくと、同じような座敷が並び、障子が連なっている。さらにその先を行くと、まるで隔離されたような部屋が一室ある。突き当りに面したその洋間こそが楼主の部屋である。 「楼主、ただ今参りました大瑠璃です」  大瑠璃は廊下と部屋を隔てている茶色いドアを二度ノックする。中にいるであろう人物にひと声かけるとドアノブを回した。  ドアを押すと、十五帖もの洋間が視界に広がる。  いつもながらに見事な書斎だ。大きな窓は白いレースのカーテンが掛かり、奥から順番に、立派な文机とラウンジチェア。  ローテーブルを挟み、向き合うように配置されたふたつの二人掛け用のソファーはオーダーメイドだろうか、革でできた立派なものだ。

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