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第伍話・初会。(一)

 その日、大瑠璃は茶屋裏で出会った無神経な男のおかげで始終苛立ちを募らせていた。おかげで楼主から言い渡されたお客を接待する気分にもならない。 「大瑠璃、なんですその顔は! 今からお客様をおもてなしするんですよ? 今すぐその仏頂面をおやめなさい」  どうやら苛立ちは顔にも出ていたらしい。  夜見世がはじまる午後五時前。差配人の守谷(もりや)に手鏡を突きつけられ覗き込めば、やはりともいうべきか、眉間には深い皺が何本も刻まれ、口もへの字に曲がっている。まるで怒り荒ぶる不動明王のような出で立ちだ。とてもではないが今の状況でもてなしができるとは思えない。 「…………」  なるほど。道理で今日は花鶏(あとり)以外の誰にも話しかけられなかったわけだ。  大瑠璃は眉間にできた深い皺を人差し指で伸ばしながら内心頷いた。  できればお客の接待なんてしたくはない。そう思うものの、けれども大瑠璃は座敷を隔てた襖の前に座している。今さらもう後戻りはできない。  花街にある一階の座敷は、最奥にある楼主の部屋から近くなればその分、格式が高いお客が入る。一番奥の座敷ではなんと二十畳もあった。そこでお客たちは娼妓を一斉に座敷に呼んで大盤振る舞いをするのだ。  当然、他の娼妓を大勢呼ぶとなるとそれ相応の金子が必要になる。だからよほどの上客でしか最奥の部屋に入ることができないのだが、大瑠璃と金糸雀(かなりあ)は一階の最奥にある座敷から数えて三つ目の、上質な部屋である藤の間の前にいた。

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