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第六話・悲しい過去の傷痕。(一)
「大瑠璃 、貴方は自分がしでかしたことをわかっていますか!? お客様自体、何もおっしゃられていなかったから良かったものの、よりにもよって娼妓がお客様にそっぽを向くなんて無作法にも程があります!」
間宮 と栄 の接待が無事終わった翌日の早朝。まだ空は白じんでいる。
二階の最奥にある自室のドア前で、大瑠璃は差配人にこってり絞られていた。
「――たしか、『蘇芳 徹 』でしたっけ? 貴方が過去に苦しい経験をしたことは理解しています。ですがそれは……」
「……っ、わかっています――」
大瑠璃は紅を引く唇をきつく噛み締めた。
過去の一件はもう聞きたくない。
たかが娼妓が身分もわきまえず、甘い夢を見たのがいけなかったのだ。
目を閉じれば今でも残酷な光景が蘇ってくる。
いつだって大瑠璃の心を蝕み、奈落へ突き落とす……。
――それは七年前の出来事だ。大瑠璃がまだ禿 から娼妓 に上がり立ての頃だった。
禿だった当時から見目麗しい大瑠璃は水揚げも済ませると、あれよあれよという間に御職争いにまで上り詰めた。おかげで本人の感情が追いつかないまま、一夜と明けずにお客と褥を共にする日々が続いていた。
夜も昼も関係なく、常に褥の上で身体を開き、慣れない後ろの窄まりを使ってお客を悦ばせていた。
当時のお客もやはり今と同じで、大瑠璃のことを性欲処理の道具としか考えておらず、大瑠璃を気遣う素振りもない。欲望のままに抱かれる日々だった――。
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