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第拾八話・貴方のためなら死さえも厭わない。(一)

 今夜は満月だ。見上げれば藍色に染まった空にぽっかりと月が浮かんでいる。  夜見世(よみせ)がはじまる頃、大瑠璃(おおるり)は初会のお客の元に向かうべく、花鶏(あとり)と共に金糸に飾られた真紅の衣を身に纏い、百合の間までやって来た。  百合の間は間宮(まみや)(さかえ)が初会をした藤の間よりももう少し奥にある。今回のお客もよほどの上客らしいことが窺えた。 「大瑠璃が到着いたしました。失礼いたします」  例のごとく、お客に粗相がないよう、まず先に差配人(さはいにん)が入室し、大瑠璃と花鶏が続く。 「今宵はこの花街にお越し下さり、ありがとうございます」  座敷に顔を出した大瑠璃は姿勢を正し、行儀よく頭を下げた。花鶏も続く。 「よう来てくれたな、待ちわびたよ。さあさあ、顔を上げて、こちらへおいで」  お客と守谷(もりや)の許可を経て下げた頭を戻した大瑠璃は、花鶏に合図してお客との距離を少し縮める。  いつもの如くお客二人の力量を推し量った。  四十半ばを過ぎたあたりだろう二人は、けれども対照的な体格をしていた。  一人はとても羽振りが良さそうなお客だ。ひと目でわかる上質な黒の絹の着物に、でっぷりとしたふくよかな身体つきをしている。  もう一人のお客は、羽織袴を着ていても細く、枯れ木のような茶褐色のすすけた肌をしている。どこからどう見ても不健康そうに見えた。  一見すると釣り合いが取れないふたりはいったいどんな仕事に就いているのだろう。  この百合の間を選ぶということは、よほど金回りが良くなければ入ることができない。

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