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第六話・悲しい過去の痕跡。(四)

 時を同じくして、蘇芳の技量は両親に認めてもらえるほどになった。そして大瑠璃も夜の勤めを恙無(そつな)くこなし、この吉原遊郭では名の知れた上を張る娼妓としてますます有名になった。  大瑠璃はいつか、蘇芳に身請けされる日が来るだろうことを夢見る。 『一緒になろう』  褥で繰り返し告げられる言葉どおり、いつかはきっと身請けしてくれる。  大瑠璃はそう信じた。  すべてはとんとん拍子にうまくいっていたかのように思えた。  しかしそれは浅はかだったのだ。ふたりの関係は思わぬところで終息する。  それは大瑠璃が蘇芳に抱かれるようになって、いくらか過ぎたある日のことだ。  深夜、蘇芳に二人きりで夜の散歩をしたいと告げられ、花街を出た。  すっかり蘇芳にのぼせ上がっていた大瑠璃は自分の立場を忘れ、蘇芳と共に静かな夜の街をぶらついた。それがいけなかったのだ。  大瑠璃が気が付いた時には、すでに遅い。  人相の悪い大柄の男が三人、ふたりの前に現れた。  あろうことか、蘇芳はごろつきたちに目を付けられていたのだ。  彼らは大店の息子である蘇芳に、『痛い目に遭いたくなければ金を寄越せ』と多額の金子を要求し、脅した。けれども蘇芳にも限界がある。だからそれの尻拭いのために、大瑠璃が使われたのだ。

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