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第六話・悲しい過去の痕跡。(七)
自分は彼にとって、ただの操り人形にすぎなかったのだ。
身分の低い者はどう足掻いても所詮は奴隷。
尊い身分の相手に近づくことさえも許されない。
だからもう信じてはいけない。
信じれば裏切られるだけ。
穢れきった自分は精々彼らを悦ばせるしか手段はないのだ。
大瑠璃は唇を噛みしめる。思わず漏らしそうになる泣き声を抑え込む。
「――ですが、これはこれ。それはそれです。貴方はこの花街の娼妓だという自覚を持ちなさい」
守谷のお小言はまだ続く。
本当は――知っている。
大瑠璃は娼妓であってお客からもてなしを受ける側ではない。
だから守谷の言うとおり。復讐なんて考えるのは間違いだ。
ここに来た当初から、自分という人格を捨て去らなければならないことくらい、痛いほど理解している――はずだった……。
けれど心の奥底では違っていたのだ。
もしかすると誰か一人くらいは家族にも捨てられ、不特定多数のお客に抱かれ、身も心もすっかり穢れきった自分を受け入れてくれるお客が現れるのではないかと考えている自分がいた。
そもそもそれが誤りだったのだ。
すべては浅はかな夢を見た自分が悪い。
昨日のお客、間宮だって蘇芳とは何ひとつ関係がない。
悪いのは彼ではない。
穢らわしい自分の方だ。
ただの人形が幸福になる夢を見たのがいけなかった……。
「……申し訳ございませんでした。今後は気を付けます……」
大瑠璃はそう言うと、守谷から背を向けた。
「大瑠璃!! 話はまだ終わっていません!」
背後では、まだお小言があるらしい守谷が声を張り上げている。
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