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第六話・悲しい過去の痕跡。(八)
傷口をえぐられた大瑠璃は冷静に守谷の苦言を受け止める余裕はない。
守谷が引き留めるのも聞かず、大瑠璃は部屋の中に入るとドアを閉めた。
狭い室内に呆然と立ち尽くす。
とっくの昔に過ぎ去った遠い過去の記憶は、けれど当時のことを思い出せばこんなにも胸が苦しい……。
それほどに、大瑠璃は蘇芳を好いていたのだ。過去の一件を忘れられないほど、深く根付いてしまっていた。
文机の上に置いてある鏡を見れば、真っ青な顔をした見窄らしい娼妓の姿がそこにあった。
自分はこんなに醜く、穢れている……。
どんなに綺麗な品を身に着け着飾ったとしても、穢れはこうして簡単に見て取れる。
涙袋に溜まった涙が零れ落ちる。
一粒零れ落ちれば二粒目も――。
涙は堰を切って溢れ出す。
頬を滑り、畳に落ちていく……。
「……っつ」
――本気だった。
蘇芳への恋心も、想いも……誰にも負けない自信があった。
自分はこれから幸福に満ちた世界を生きていくのだと、信じて疑わなかった。
けれども結果はどうだろう。蘇芳は大瑠璃を簡単に捨てた。
――いや、蘇芳は大瑠璃を捨ててはいない。端から相手にさえもしていなかったのだ。
彼にとって、自分はただの遊び相手。
暇つぶし程度の相手でしかなかった。
「……っふ……っひ……」
胸が痛い。
噛み締めた唇から嗚咽が漏れる。
大瑠璃は胸の痛みに我慢できなくなり、崩れ落ちた。
「……っひ……」
深い悲しみに囚われた大瑠の心は暗闇に閉ざされる。そこには誰もおらず、ただ孤独と絶望を味わった。
《第六話・悲しい過去の痕跡。・完》
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