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第拾壱話・報い。(八)

 ――それは過去、蘇芳は我が身可愛さのあまりごろつきたちに大瑠璃を売った。だから間宮も逃げたに違いない。いくら優しくされても、結果はわかりきっている。  生きながらにして地獄を見た大瑠璃は既に人間の醜い本性を知っている。だからたとえ自分を包んでいる体温が消えたとしても、絶望してはいけない。間宮に見放され、泣きたくなるのは間違いだ。  大瑠璃は死を覚悟して、強く唇を噛みしめた。 「…………」  しかしなぜだろう。覚悟していた身体を焼き尽くすような鋭い痛みは一向にやって来る気配がない。  大瑠璃は不思議に思っていると、突然畳にぶつかる大きな音と男の悲鳴が部屋中に響いた。  驚き、つむっていた目を開けると、大瑠璃は自分の目を疑った。  そこには地面に這い(つくば)る秋山の姿があった。  それからナイフを持っている秋山の腕を掴み、後ろ手に拘束している間宮の姿も見える。  間宮は大瑠璃を見捨てるどころか、刃物を持つ秋山に立ち向かったのだ。  誰だって自分の命が一番大切だ。況してや娼妓なんかの玩具を助ける必要はない。  一ヶ月以上、あんなに足繁(あししげ)く登楼していた蘇芳でさえも見捨てたのに、たった数日抱いただけの娼妓を助けるなんて――。  大瑠璃は信じられない気持ちでいっぱいだった。 「自分が可愛いかい? だけどね、被害者意識も大概にしたらどうだい? 貴方ばかりが辛い目に遭っているのではない。彼らだって同じだとなぜわからない!? ここで働いているこの子たちも、自分と同じように必死で生きていることをなぜわかってやらない!?」

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