75 / 153

第拾壱話・報い。(九)

「放せ! はなせぇぇええっ!!」  引き千切れんばかりに首を振る秋山に、間宮は断固として意見を曲げず、静かに言った。 「こいつのせいだ……おれは悪くない、悪くないっ!!」  秋山は大人げなく怒鳴り散らす。  間宮に拘束された手からナイフが離れた。 「何事ですか、騒々しい!!」  娼妓が呼んだのか、静けさを取り戻しつつあるその場に、鋭い声が響いた。差配人の守谷(もりや)だ。  部屋の外を見れば、いつの間にか大瑠璃の部屋には人だかりができている。周囲は騒然としていた。 「いったいどういうことですか、これは!!」  駆けつけた守谷は、褥にうずくまる大瑠璃と、それから間宮に取り押さえられている秋山を交互に見た。  その後直ぐ、床に落ちているナイフに気が付いたらしい。彼は眼鏡のフレームを人差し指でついっと上げると、床の上で無造作に転がっているナイフを拾い上げた。 「大瑠璃、後で事情を聞きます」  守谷は好奇心で集まった野次を追い払い、項垂れる秋山を連れて行った。  大瑠璃は花街という吉原遊郭の中で敷居が高いこの郭で(いさか)いを起こした。おそらくは後に自分は体罰を受けるだろう。けれど今の大瑠璃にとって、体罰なんてどうでも良かった。  大瑠璃の中で間宮の存在がとても大きく感じられたから――。 「大瑠璃、大丈夫か?」 (輝晃さま……)  けっして届かないと思っていた間宮は助けに来てくれた。  それが何よりも嬉しい。  だから大瑠璃は手を伸ばし、広い背にしがみつく。 「……輝晃さま……」 「君が無事で良かった。もう大丈夫だよ」  涙する大瑠璃を、彼は抱きしめてくれる。  ――ああ、もうこれだけで十分だ。 「……っひ」  声を上げて泣いた。  大丈夫、と何度も言い聞かせてくれる間宮の声を聞きながら――。  《第拾壱話・報い。・完》

ともだちにシェアしよう!