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第拾四話・珠簪。(四)
それでも大瑠璃を手酷く扱わないのはひとえに彼が優しいからに違いない。
だいたい、この遊郭にやって来るお客のほとんどは恋人や家庭がある人間ばかりだ。だからおかしな期待を寄せてはいけない。どう考えても自分と間宮では不釣り合いだ。
両想いだと勘違いしてから突き落とされるのは目に見えている。
……もう、蘇芳 の時のような過ちは犯せない。
大瑠璃は唇を噛み締め、おかしな考えを遠ざけるためにそっと目を閉じた。
「――――」
締めつけられる胸が苦しい。
外はこんなに晴れやかなのに、一気に気持ちが沈んでいく……。
それもこれも間宮が悪いのだ。恋人がいるだろう身の上で、たかが娼妓に優しい言葉のひとつでも掛けてくるから――。
だから大瑠璃はこうしてのぼせ上がって、勘違いしてしまいそうになる。
「…………」
二人の間に沈黙が訪れる。
けれどもその沈黙はそう長くは続かない。間宮はとても気さくな人柄だったからだ。
「ほら、大瑠璃。むくれてないでこっちを向いて。頼むからそう怒らないでくれ。僕は君が笑っている顔が好きなんだ……」
そっぽを向いている大瑠璃が怒っていると勘違いした間宮は、機嫌を窺う。
優しい彼のことだ。いつまでもへそを曲げていると、自分と外出しても楽しくないのではないかと思い違いをするだろう。
そんなことは有り得ない。
だって大瑠璃は間宮を想っている。間宮と一緒ならば、たとえ地獄でも天国に思えるだろう。
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